【2628】 ◎ 侯孝賢(ホウ・シャオシェン) 「悲情城市」 (89年/台湾) (1990/04 フランス映画社=ぴあ) ★★★★☆

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歴史に翻弄される家族の愛と哀しみ。〈二・二八事件〉を世に知らしめた一大叙事詩。。

悲情城市 1989-2.jpg 悲情城市  1989-1.jpg 悲情城市76.jpg
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悲情城市 陳松勇2.jpg 1945年8月15日、日本統治からの台湾解放の日、港町基隆で酒家を営む林家では、長男・文雄(ウンヨン)(陳松勇(チェン・ソンヨン))の妾宅で男児が生まれる。の林家の主は75歳の林阿祿(リン・アルー)(李天祿(リー・ティエンルー))で、次男は軍医として南洋に、三男は通訳として上海に日本人として徴用され戻らない。耳が聞こえず話せない四男の文清(ウンセイ)(梁朝偉(トニー・レオン))は、郊外で写真館を営んでいた。文清は、写真館に同居している教師の呉寛榮(ヒロエ)(呉義芳(ウー・イーファン))の妹で、看護婦として病院に働きに来悲情城市024.jpgた寛美(ヒロミ)(辛樹芬(シン・シューフェン))を迎えに出る。寛榮は、小川校長(長谷川太郎)の娘で、台湾生まれの静子(中村育代)と秘かに愛しあっていたが、日本人であるため故国に帰らねばならなくなった静子は、寛美に寛榮への思いを託して台湾を去る。ある日、精神錯乱状態で生還してきた三男悲情城市 陳松勇.jpgの文良(アリヨン)(高捷(カオ・ジエ))のもとに、文雄の妾妻の兄・阿嘉(アカ)(張嘉年(ケニー・チャン))が、上海ボス(雷鳴レイ・ミン))を連れて来て阿片の密輸を唆すが、それが文雄にばれ、彼の幼なじみの阿城(林照雄(リン・ジャオション))との間の争いに発展、事件は一応決着するが、何者かの密告によって漢奸の疑いで文良が逮捕され、文雄は阿嘉を連れて上海ボスと対面、文良の釈放を頼むが、文良は大量の血を吐いて帰宅する。

悲情城市44.jpg 1947年2月27日、台北でヤミ煙草取締りの騒動を発端に本省人と外省人が争う〈二・二八事件〉が勃発、寛榮と文清は臨時戒厳令下の台北へ向うが、文清が無事帰宅した悲情城市77.jpg数日後、寛榮が足を折って戻る。台湾省行政長官として赴任した国民党の陳儀将軍は弾圧を命じ、やがて文清が逮捕される。口がきけずに釈放された文清は、次悲情城市65.jpg々処刑された仲間の遺品を遺族に届ける旅に出、山奥でゲリラとなって身悲情城市029.jpgを潜める寛榮と再会する。その頃文雄は、賭場で阿嘉の喧嘩に巻き込まれ、上海ボスの拳銃に命を落とす。数日後、文清と寛美の結婚式が行われ、やがて二人の間に男の子が生まれる。そんなある日、山からの使者が、軍隊が山に踏み込み寛榮たちが銃殺されたことを伝え、文清にも逃げるように言うが、彼らに行く場所は無かった―。

悲情城市88.jpg 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1989年公開作で、第46回ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」受賞作品。終戦直後の台湾北部の基隆・九份を舞台に〈二・二八事件〉を取り扱っていますが、そもそも当時は〈二・二八事件〉そのものをタブー視する雰囲気も強く、公開自体が危ぶまれたのこと。幸いにしてノーカットで公開されるや台湾でも大ヒットしています。〈二・二八事件〉を直接的に描いた初めての劇映画であり、この映画がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したこことで初めて、〈二・二八事件〉が世界的に知られる事となった(日本も含め)とのです。

 外省人が内省人を政治弾圧したわけで、とりわけ国民党は知識分子や左翼分子を徹底的に弾圧したため(白色テロ)、80年代終わりくらいまで、この事件に触れることはタブーとされていたようです(今世紀に入って、事件の最大の責任者は蒋介石だとする研究結果が発表されている)。1947年に敷かれた戒厳令が解除されたのが1987年であったことを思うと、当時まだそうした雰囲気が根強く残っていたのかもしれません。

 そうしたことは個人的には、1980年頃に始めて台湾に観光で行った時はよく分からなかったのですが(あちこちに麻薬撲滅の標語があったのと、写真を撮ることが禁じられてる場所が多くあったのが印象に残っている)、当時から現地の人々は日本人旅行者に親切で、当時は40代以上の人は皆日本語が話せたということもありますが、今思うと、日本人に親切なのもある意味、日本統治が終了した後の悲惨な歴史の反動と取れなくもない気がします。この映画が公開された後90年代にも台湾に行きましたが、その時点でもまだこの映画を観ていなかったことが悔やまれます(今だったらネットですぐに「台湾旅行に行く人が観ている」的な情報が入ったかも)。

悲情城市33.jpg悲情城市es.jpg トニー・レオンが若いです(役柄上、ややもっさい感じ)。台湾語が話せなかったため聴覚障害者の役(文清)になったと言われていますが、物語は主に、自らは筆談によってしか言葉を発することができないこの文清の視点で進行していきます。周囲の人が議論したり激昂したりしているのを、耳が聞こえないにしろその傍にいることで、間接的に"語り部"の役割を果たしていることになり、複雑な政治背景等がある程度分り易くなっているように思いました(因みに、この作品の日本語字幕を手掛けた台湾生まれの田村志津枝氏の著書『悲情城市の人びと―台湾と日本のうた』('92年/晶文社)によれば、映画では俳優達が日本語を知らないため台湾語が多用されているが、知識人達が当時使っていたのは日本語であったとのこと)。

悲情城市86.jpg それにしても重かったです。この映画の四兄弟も、軍医として南洋に行った次男は結局行方知れずのままであるし(おそらく戦死したということだろう)、三男は精神を病んで帰還、一人頑張っていた長男も(家長である父を継いでゴッドファーザー的な役割を担っていた)、入りびたっていた賭場で喧嘩に巻き込まれて撃たれて亡くなり(現地の闇社会を描いていて日本のヤクザ映画みたいな場面が何度かあった)、文清と一緒に思想犯として捉われた人たちは処刑され、文清の親友で寛美の兄である寛榮も、山に籠って妻帯し新たな生活を始めるも軍隊に踏み込まれて銃殺されます。兄弟でただ一人残った文清が寛美と結婚し、子供が生まれ新たな家庭を築いたことが唯一の救いかと思ったら、その文清も―。「歴史に翻弄される家族の愛と哀しみを描いた年代記」「侯孝賢畢生の一大叙事詩」という謳い文句に偽りは無い作品でした。

悲情城市99.jpg「悲情城市」●原題:悲情城市/A CITY OF SADNESS●制作年:1989年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:邱復生●脚本:呉念真/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:立川直樹/張弘毅/S.E.N.S.●撮影:陳懐恩●時間:159分●出演:李天禄(リー・ティエンルー)/陳松勇(チェン・ソンヨン)/高捷(カオ・ジエ)/梁朝偉(トニー・レオン)/辛樹芬(シン・シューフェン)/呉義芳(ウー・イーファン)/陳淑芳(チェン・シューファン)/黄倩如(ホアン・チンルー)/柯素雲(クー・スーユン)/林麗卿(リン・リー悲情城市 77.jpgチン)/何璦雲(フー・アイユン)/張嘉年(ケニー・チャン)/林揚(リン・ヤン)/詹宏志(ヂャン・ホンジー)/呉念眞(ウー・ニエンジェン)/謝材俊(シエ・ツァイジュン)/張大春(ジャン・ダーチュン)/中村育代/長谷川太郎/頼徳南(ライ・ドゥーナン)/雷鳴(レイ・ミン)/文帥(ウェン・シュアイ)/比利(ビリー)/矮仔塗(アイ・ツートゥ)/陳郁蓉(チェン・ユーロン)/林照雄(リン・ジャオション)/林鉅(リン・ジュイ)/阿匹婆(ア・ピポ)/鷺青(ルー・チン)/梅芳(メイ・ファン)●日本公開:1990/04●配給:フランス映画社=ぴあ(評価:★★★★☆)

       



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和田泰明

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