【2198】 ◎ 佐藤 泰志 『そこのみにて光輝く (1989/03 河出書房新社) ★★★★☆

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70年代っぽい「文学」のテイスト。個人的には好みだが、一般には第2部で評価が割れそう?

そこのみにて光輝く 河出文庫.jpg  そこのみにて光輝く 映画サイト.jpg そこのみにて光輝く 1シーン.jpg  佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家.jpg  
そこのみにて光輝く (河出文庫)』['11年]/映画「そこのみにて光輝く公式サイト 綾野剛・池脇千鶴/『佐藤泰志: 生の輝きを求めつづけた作家』['14年]
『そこのみにて光輝く』['89年/河出書房新社]
そこのみにて光輝く.jpg 函館に住む主人公・達夫は、三十歳を目前にして、造船所の労働争議に嫌気がさして会社を退職し、退職金を手に無為の日々を送っている。そんなある日パチンコ屋で百円ライターを貸したのをきっかけに拓次という若いテキ屋の男と知り合いになり、誘われるままにこの街の近代化から取り残された彼の自宅であるバラック小屋に連れて行かれる。そこには、拓次の姉で、出戻りで一家四人を養うため売春も厭わないキャバレー勤めの女・千夏がいた。達夫の運命は千夏との出会いから話は動き始めていく―。

 20年以上前に自死した函館出身の作家・佐藤泰志(1949-1990/享年41)が遺した長篇小説で、ついこの間、山口瞳原作の映画「居酒屋兆治」('83年)を高倉健の逝去を契機に久しぶりに観ましたが(舞台を原作の東京郊外から映画では函館に置き換えている)、こちらも同じく函館を舞台としており、この作品の中で函館は「観光と造船とJRしかない街」として描かれています。

そこのみにて光輝く0.jpg 佐藤泰志は村上春樹などと同世代になりますが、この小説ではそうでもないものの他の作品を読むと映画の引用が目につき、かなりの映画狂であったことが窺えます。この作品自体も、男2人、或いは3人の男女の出会いはアメリカン・ニューシネマっぽいところがありますが、一方で、読み進むにつれて、70年代のちょっと暗めのATGやにっかつ映画っぽい印象もあり、更にそれよりも、中上健次の小説、例えば「」などに近い土着的な雰囲気を醸しています(この作品の千夏・拓次姉弟が住む土地は、作者が子ども時代に見聞きした被差別部落がモチーフになっているようだ。中上健次はその被差別部落の出身)。

 一見淡々とした描写を積み重ねながら、そうした土地に囚われ家族の業の中で生きる登場人物の閉塞感を描いて秀逸であり、久しぶりに「文学」のテイストを味わったという感想です。70年代頃に「文學界」新人賞を受賞した畑山博(1935-2001)の「いつか汽笛を鳴らして」などを想起したりもしましたが、畑山博の「いつか汽笛を鳴らして」、中上健次の「岬」が何れも芥川賞を受賞したのに対し(各'72年と'76年)、この「そこのみにて光輝く」は'89年に第2回三島由紀夫賞候補になりながら受賞を逃しています。

 作品は第1部と第2部からなり、第1部「そこのみにて光輝く」は'85年11月号の「文藝」に収載され、第2部「滴る陽のしずくにも」は'89年に単行本化される際に書き下ろしで追加されたものであり、第1部・第2部併せて三島由紀夫賞の選考対象になったと思われますが、う~ん、個人的には第1部・第2部を通してすごく好みですが、一般的には第2部があることで評価が割れそうだなあという印象を受けます(当時、中上健次も三島賞選考委員だったのだが)。

 第1部における達夫は、まさに「そこのみにて光輝く」というタイトルに相応しい、鬱屈しながらもある意味ヒロイックとも言える行動をとるのに対し、第2部における達夫は、夏目漱石の「門」の主人公・宗助みたいに最初は只々流されている印象も。「門」同様に「ロミオとジュリエット」のような激しい恋の後の事後譚のような状況設定で、既に家族への愛も絶対的なものとはなっておらず、しかも彼自身は現在の状況にがんじがらめになっていて、そこから抜け出そうとしている印象を受けました。「門」の主人公・宗助は「寺」へ行きますが、この物語の主人公・達夫は「鉱山」に行こうとします。宗教的な悟りではなく、単純に自分が憧れるものに隘路を見出そうとしているのがいい―しかし、その前に不測の事態が生じ...(これもまた運命的な出来事ととれなくもないが)。

 評価が割れそうだと思ったのは第1部と第2部のギャップで、個人的には、第2部の達夫の不倫などもリアリティがあって良かったですが、第1部で完結していた方が良かったと思う人もいるのでは。佐藤泰志は、それまでにも文學界新人賞1回、新潮新人賞1回、芥川賞5回と落選し続けており、芥川賞の選評などを見ると、「この作家にはもっといい作品があるはずだ」といったものが落選理由になっているようですが、そうなるとその賞の候補になった作品と選考委員の相性が合わなかったという運・不運も関係していたかもしれませんし(佐藤泰志自身にも文芸誌の新人賞の下読みの仕事をしていた時期があったのだが...)、70年代風のモチーフがバブル期当時には既に古いものと思われたのかも(今現在は「格差社会」とかで、皮肉なことに巡り巡って結構時代に合ったモチーフになってしまっているという印象もあるが)。

「北海道新聞・2007年10月9日」掲載記事より
「北海道新聞・2007年10月9日」掲載記事より.jpg 最後にこの作品で三島賞に落選し、翌年自死を遂げるわけですが、「無冠の帝王」と呼ばれ生前にあまり日の目を見なかったことが自死の直接の原因であるかどうかは、元来「自律神経失調症」という病気を抱えていただけに微妙なところではないでしょうか。家庭では普段は子供達の良き父親であったようです。

 没後しばらくでその作品全てが絶版になったものの、地元から再評価運動が起こってそれが全国に拡がり、'07年に「きみの鳥はうたえる」「黄金の服」「そこのみにて光輝く」などを収めた作品集が刊行されました。

 そして'10年に「海炭市叙景」が熊切和嘉監督によって映画化され、'11年にはそれ以外の作品も含め旧作が続々と文庫化され、'13年には 佐藤泰志の作家としての生き方を追ったセミドキュメンタリー映画「書くことの重さ 作家 佐藤泰志」(稲塚秀孝監督)まで作られました(「居酒屋兆治」にも出ていた加藤登紀子が、再現映像で泰志の母親役で出ている)。そして今年('14年)この「そこのみにて光輝く」が呉美保(お・みぽ)監督によって映画化されました。綾野剛(達夫)、池脇千鶴(千夏)、菅田将暉(拓次)という配役が原作に比べて「線が細い」印象を受けたのですが、モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞しており(吉永小百合がプロデュース参画した「ふしぎな岬の物語」の審査員特別賞グランプリ受賞と同時受賞)、やや日本映画に"甘い"映画祭での受賞ですそこのみにて光輝く チラシ.jpgそこのみにて光輝く モントリオール.jpgが、呉美保監督がそれなりの演出力を発揮したのではないでしょうか(3大映画祭の1つ「ベルリン映画祭」に打って出るという話もある)。映画の評価はまた別の機会に。
呉 美保(お・みぽ)「そこのみにて光輝く」(2014/04 東京テアトル+函館シネマアイリス) ★★★★
そこのみにて光輝く 文庫.jpg【2011年文庫化[河出文庫]】 

I『そこのみにて光輝く』.jpg

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This page contains a single entry by wada published on 2014年11月15日 23:24.

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