【1336】 ◎ 吉田 修一 『悪人 (2007/04 朝日新聞社) ★★★★★ ○ 李 相日(リ・サンイル) 「悪人 (2010/09 東宝) ★★★☆)

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面白かった。作者が読者に対して仕掛けた読み方の「罠」が感じられた。

悪人  吉田修一.jpg 悪人 吉田修一.jpg 吉田 修一 『悪人』 上.jpg 吉田 修一 『悪人』下.jpg 映画 「悪人」3.jpg
悪人』['07年]『悪人(上) (朝日文庫)』『悪人(下) (朝日文庫)』['09年] 映画「悪人」['10年](妻夫木聡/深津絵里主演)

 2007(平成19)年・第61回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)並びに2007(平成19)年・第34回「大佛次郎賞」受賞作。

 保険外交員の女性・石橋佳乃が殺害され、事件当初、捜査線上に浮かび上がったのは、地元の裕福な大学生・増尾圭吾だったが、拘束された増尾の供述と、新たな目撃者の証言から、容疑の焦点は一人の男・清水裕一へと絞られる。その男は別の女性・馬込光代を連れ、逃避行を続けている。なぜ、事件は起きたのか? なぜ2人は逃げ続けるか?

 出版社の知人が本書を推薦していたのですが、書評などを読むと、これまでの作者の作品と同様に、人と人の「距離」の問題がテーマになっているということを聞き、マンネリかなと一時敬遠していたものの、読んでみたら今まで読んだ作者の作品よりずっと面白かったし、それだけでなく、作者が読者に対して仕掛けたトラップ(罠)のようなものが感じられたのが興味深かったです。

 最初は、あれっ、これ「ミステリ」なのという感じで、芥川賞作家がミステリ作家に完全に転身したのかと。ところが、真犯人はあっさり割れて、今度は、その清水裕一と馬込光代という心に翳を持つ者同士の「純愛」逃避行になってきて、最後は、裕一が光代をあたかも"犠牲的精神"の発露の如く庇っているように見えるので、これ、「感動的な純愛」小説として読んだ人もいたかも。

 自分としては、清水祐一は「純愛」を通したというより、「どちらもが被害者にはなれない」という自らの透徹した洞察に基づいて行動したように思え、そこに、作者の「悪人とは誰なのか」というテーマ、言い換えれば、「誰かが悪人にならなければならない」という弁解を差し挟む余地の無い"世間の掟"が在ることが暗示されているように思いました。

 馬込光代の事件後の熱から覚めたような心境の変化は、彼女自身も「世間」に取り込まれてしまうタイプの1人であることを示しており、それは、周囲の見栄を気にして清水裕一を「裏切り」、増尾圭吾に乗り換えようとした石橋佳乃にとっての「世間」にも繋がるように思えました(作者自身は、「王様のブランチ」に出演した時、石橋佳乃を「自分の好きなキャラクター」だと言っていた)。

 そうして見れば、増尾圭吾が憎々しげに描かれていて(石橋佳乃の父親が読者の心情を代弁をしてみせて、読み手の感情にドライブをかけている)、清水祐一が彼に読者の同情が集まるように描かれているのも(母親に置き去りにされたという体験は確かに読み手の同情をそそる)、作者の計算の内であると思えます。

 これをもって、本当に悪いのは増尾圭吾のような奴で、清水祐一は可哀想な人となると、これはこれで、作者の仕掛けた「罠」に陥ったことなるのではないかと。
 石橋佳乃の「裏切り」も、その父親の「復讐感情」も、清水祐一の過去の体験による「トラウマ」も、注意して読めば、今まで多くの小説で描かれたステレオタイプであり、作者は、敢えてそういう風な描き方をしているように思いました。

 そうした「罠」の極めつけが、清水裕一と馬込光代の「純愛」で、これも絶対的なものではなく(本書のテーマでもなく)、ラストにある通り、最終的には相対化されるものですが、それを過程においてロマンスとして描くのではなく、侘びしくリアルに描くことで、読み手自身の脳内で「純愛」への"昇華"作業をさせておいて、最後でドーンと落としているという感じがしました。

 時間的経過の中で、人間同士の結ぼれや相反など全ての行為は相対化されるのかも知れない、但し、「世間」はその場においては絶対的な「悪人」を求めて止まないし、同じことが、「純愛」を求めて読む読者にも、まるで裏返したように当て嵌まるのかも知れないという印象を抱きました。

悪人 スタンダード・エディション [DVD]
映画 「悪人」dvd.jpg映画 「悪人」1.jpg(●2010年9月に「フラガール」('06年)の李相日(リ・サンイル)監督、妻夫木聡、深津絵里主演で映画化された。第84回キネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベスト・ワンに選ばれ、第34回日本アカデミー賞では、最優秀主演男優賞(妻夫木聡)、最優秀主演女優賞(深津絵里)、最優秀助演男優賞(柄本明)、最優秀助演女優賞(樹木希林)、最優秀音楽賞(久石譲)を受賞。海外では、深津絵里が第34回モントリオール世界映画祭の最優秀女優賞を受賞している。原作者と監督の共同脚本だが、意識的に前半をカットして、事件が起きる直前から話は始まり、尚且つ、回想シーンをできるだけ排除したとのこと。その結果、祐一(妻夫木聡)が一緒に暮らそうとアパートまで借りた馴染みのヘルス嬢の金子美保や、石橋佳乃(満島ひかり)の素人売春相手の中年の塾講師である林完治などは出てこない。そうしたことも含め、主要登場人物のバックグラウンドの描写が割愛されている印象を受けた。加えて、光代を演じた深津絵里と、佳乃を演じた満島ひか映画 「悪人」満島.jpg映画 「悪人」柄本.jpgりの二人の演技派女優の演技の狭間で、主人公である妻夫木聡が演じる祐一の存在が霞んだ。さらに後半、柄本明が演じる佳乃の父や樹木希林が演じる祐一の祖母が原作以上にクローズアップされたため、祐一の影がますます弱くなった。原作者映画 「悪人」4.jpgはインタビューで「やっぱり樹木さん、柄本さんのシーンは画として強かったと思いますね。シナリオも最初は祐一と光代が中心でしたが、最終的に、樹木さんのおばあちゃんと、柄本さんのお父さんが入ってきて、全体に占める割合が大きくなったんですよね。あれは、僕らが最初に考えていたときよりも分量的にはかなり増えていて、自分たちでは逆に上手くいったと思っているんです」と語っている。柄本明は助演でありながら芸術選奨も受賞している(助演では過去に例が無いのでは)。この作品の主人公は祐一なのである。本当にそれでいいのだろうか。李相日監督は6年後、同作者原作の「怒り」('16年/東宝)も監督することになる。

李相日監督/深津絵里/妻夫木聡   深津絵里(モントリオール世界映画祭「最優秀女優賞」受賞)   
深津絵里(第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞).jpg深津絵里 モントリオール世界映画祭最優秀女優賞1.jpg「悪人」●制作年:2010年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作:島谷能成/服部洋/町田智子/北川直樹/宮路敬久/堀義貴/畠中達郎/喜多埜裕明/大宮敏靖/宇留間和基●脚本:吉田修一/李相日●撮影:笠松則通●音楽:久石譲●原作:吉田修一●時間:139分●出演:妻夫木聡/深津絵里/岡田「悪人」00.jpg将生/光石研/満島ひかり/樹木希林/柄本明/井川比佐志/宮崎美子/中村絢香/韓英恵/塩見三省/池内パルコスペース Part3.jpg渋谷シネクイント劇場内.jpg万作/永山絢斗/山田キヌヲ/松尾スズキ/河原さぶ/広岡由里子/二階堂智/モロ師岡/でんでCINE QUINTO tizu.jpgん/山中崇●公開:2010/09●配給:東宝●最初に観た場所:渋谷・CINE QUINTO(シネクイント)(10-09-23)(評価:★★★☆)
   
   
   
CINE QUINTO(シネクイント) 1981(昭和56)年9月22日、演劇、映画、ライヴパフォーマンスなどの多目的スペースとして、「PARCO PART3」8階に「PARCO SPACE PART3」オープン。1999年7月~映画館「CINE QUINTO(シネクイント)」。 2016(平成28)年8月7日閉館。


朝日文庫「悪人」新装版.jpg映画 悪人ド.jpg 【2009年文庫化[朝日文庫(上・下)]/2018年文庫新装版[朝日文庫(全一冊)]】 
         
悪人 新装版 (朝日文庫)』新装版(全一冊)['18年]

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This page contains a single entry by wada published on 2010年2月28日 00:39.

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