【650】 ○ 森 鷗外 『 (1948/12 新潮文庫) 《(1915/05 籾山書店)/」―『森鷗外全集〈4〉雁/阿部一族』 (1995/09 ちくま文庫)》 ★★★☆

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ベースは古風な悲恋物語? どこまでが作者の意匠なのか読み取りにくい。
雁.jpg 雁 新潮文庫.jpg  森鴎外「雁」.bmp 森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫).jpg 「雁」('53年/大映)高峰秀子.jpg
雁 (新潮文庫)』[旧版/新装版]『雁 (岩波文庫)』/『森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫)』/豊田四郎監督「」('53年/大映)高峰秀子
森林太郎(鷗外)『雁』1915(大正4)年5月 籾山書店/復刻版
森鷗外 雁 籾山書店.jpg森鷗外 雁 籾山書店 復刻.jpg 「僕」は上条という下宿屋に住む学生で、古本を仲立ちに隣室の岡田という医科大学生と親しくなる。一方、無縁坂に住むお玉は、老父と自分の生活のために高利貸しの末造の妾となっているが、末造から貰った紅雀を鳥籠に入れて軒に下げていたところを蛇に襲われ、それを偶然助けた岡田に対し、以来、想いを寄せるようになり、岡田も無縁坂の"窓の女"のことを気にしている。そしていよいよ、末造が訪れてこないとわかっている日が来て、お玉は岡田が通りかかるのを心待ちにするが―。

 『鴈(がん)』は1911(明治44)年9月から1913(大正2)年5月にかけて雑誌「スバル」に発表され、1915(大正4)年に刊行されていますが、時代設定は、冒頭において明治13年(1880年)と特定されています。「僕」は鷗外自身がモデルと考えられていますが、鷗外が1862年生まれですので、「僕」は数えで19歳くらいでしょうか(お玉の年齢は19歳、岡田はそれより何歳か上、僕は岡田より1学年年上という設定)。物語が語られているのは出来事の35年後という設定なので、小説発表時とリアルタイムであるということになります。

 文庫で約130ページとそれほど長い小説ではないのですが、結末に至るまでが結構まどろっこしく、その割には、青魚の煮肴(鯖味噌煮)が上条の夕食で出されたために云々と、結末に至った"運命のいたずら"を作者(35年後の僕)自身があっさり解説していたりして、さらに、それ以上の説明もそれ以下の説明もしないとしつつも、同時に、当時はお玉と岡田が相識であったことは知らなかったことを匂わせています。

 でも小説的に考えれば、"運命のいたずら"と言うより、僕がお玉と岡田の恋路を"無意識的に"妨げたととれるわけで、では高利貸しの妾であるお玉が、外遊直前の東大医学生・岡田と何か睦まじく話ができれば次の展開があったのかというと、そんな可能性は限りなくゼロに近く、それを考えると、僕の無意識にあったものは悪意ではなくむしろ善意であったかも知れず、また岡田の無意識にも同じものがあったかも知れない―と考え始めるとキリがありません。

 哀愁を帯びた悲恋物語には違いありませんが、個人的には、最初読んだ時はあまり好きになれないタイプの作品かなと思ったりもしました。しかしながら、機会があり読み返してみると、改めて考えさせられる箇所が多くあり、味わい深いかもしれないと思うようなりました。岡田が断ち切った「蛇」は何の象徴(メタファー)か、逃がすつもりで投げた石に打たれた「雁」は何の象徴(メタファー)か。ただし、これらについても、幾多の先人がその解釈を行っていてどうしても後追いにならざるを得ず、また、どこまでが実際に作者自身の意匠なのか読み取りにくい部分もあります(なんだか村上春樹の小説みたい)。逆にそうしたものをとっぱらってしまうと、今度はやけに古風なお話が残るだけになってしまうような気もします。鷗外作品のいくつかは、自らの体験を絡めた告白的要素がありながら(本作の「窓の女」自体は創作らしいが)、自分はどこか二重三重に安全な処に置いているような感じもあります。

「雁」('66年/大映)若尾文子、山本学 「雁」('53年/大映)高峰秀子、芥川比呂志
雁 若尾文子 山本.jpg雁 高峰秀子.jpg 尚、この作品は、1953年に豊田四郎の監督、高峰秀子、芥川比呂志の主演(高利貸しの末造役は東野英治郎)で映画化され(ビデオで観たが、かなり分かりやすくなっているように思った)、1966年には池広一夫の監督、若尾文子、山本学の主演(末造役は小沢栄太郎)で映画化されていますが、現時点['07年]で共にDVD化されていません。
(その後、若尾文子版が2014年1月にDVD化された)(続いて、高峰秀子版も2014年11月にDVD化された)

 テレビでは、90年代だと、1993年にテレビ東京で久世光彦の演出、田中裕子、石橋保の主演(末造役は映画監督の長谷川和彦)でドラマ化され、さらに1994年にフジテレビの「文學ト云フ事」で井出薫、袴田吉彦の主演(末造役は桜金造)で映像化されています。第05回 「雁」.jpg文學ト云フ事 鴈 .jpg因みに、1924年生まれの高峰秀子は当時29歳で、1933年生まれの若尾文子は32歳で、1955年生まれの田中裕子は38歳でお玉を演じたのに対し、「文學ト云フ事」の井出薫(1976年12月生まれ)は当時17歳の高校3年生で、原作通り数えで19歳でお玉を演じたことになります。

「文學ト云フ事」(第7回)「雁」('94年/フジテレビ)井出薫

豊田 四郎 (原作:森 鷗外) 「雁」 (1953/09 大映) ★★★☆
vhs 雁1.jpgvhs 雁2.jpg「雁」●制作年:1953年●監督:豊田四郎●企画:平尾郁次/黒岩健而●脚本:成澤昌茂●撮雁 1953 1.gif雁 1953 東野.jpg影:三浦光雄●音楽:團伊玖磨●原作:森鷗外「雁」●時間:87分●出演:高峰秀子/田中栄三/小田切みき/浜路真千子/東野英治郎/浦辺粂子/芥川比呂志/宇野重吉/三宅邦子/飯田蝶子/山田禅二/直木彰/宮田悦子/若水葉子●公開:1953/09●配給:大映(評価:★★★☆)

森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫).jpg 【1948文庫化・1980年文庫改版[新潮文庫]/1949年再文庫化[岩波文庫]/1953年再文庫化[角川文庫(『雁、ヰタ・セクスアリス』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『雁、ヰタ・セクスアリス』)]/1995年再文庫化[ちくま文庫(『森鴎外全集〈4〉雁・阿部一族』)]/1998年再文庫化[文春文庫(『舞姫 雁 阿部一族 山椒大夫―外八篇』)]】

森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫)
「雁」「ながし」「槌一下」「天寵」「二人の友」「余興」「興津弥五右衛門の遺書」「阿部一族」「佐橋甚五郎」「護持院原の敵討」所収

《読書MEMO》
●「雁」...1911(明治44)年〜執筆、1915(大正4)単行本刊行

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