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著者の語り下ろしインタビュー。『失踪日記』から『アル中病棟』への繋がりが分かった。

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逃亡日記 (NICHIBUN BUNKO) 』['15年] 漫画『失踪日記』['05年]『失踪日記2 アル中病棟』['13年]
インタビュー集『逃亡日記』['07年]
『逃亡日記 公園.jpg 2019年に亡くなった吾妻ひでお(1950-2019/69歳没)が、日本文芸社の「週刊漫画ゴラク」の兄弟雑誌にあたる「別冊漫画ゴラク」('14年末をもって休刊)に連載していた語り下ろしのインタビューコラムをまとめたもの('07年刊行)。語り下ろしの内容は、著者の生い立ち、漫画家になるまで、失踪時代、アル中時代、「失踪日記」が賞を獲った以降のことなどです。

 冒頭に、著者が失踪していた時にいた公園を訪ねた際のメイド・モデルとの写真などがあったりし、さらに、「失踪日記」が日本漫画家協会大賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、手塚治虫文化賞マンガ大賞と三冠を達成した際の授賞式での顛末を描いたマンガもあり、巻末にはまた、冒頭の写真を撮りに行った際の内幕が収録されています。

漫画家の吾妻ひでお.jpg 盛りだくさんですが、やはり中心となる語り下ろしの部分がいちばんでしょうか。第1章「失踪時代」で、漫画『失踪日記』('05年)ではかなり実際のエピソードを抜いたりしていることを明かしています。まあ、漫画には書けない(笑えない)ようなことも多くあったということです(自身の自殺未遂とか)。

 第2章「アル中時代」はむしろ「失踪時代」より(「鬱」なども絡んで)もっと強烈で、ここで語られている内容が漫画『アル中病棟―失踪日記2』('13年)になっていくのだなあと。もう、構想は出来上がっていたけれど、漫画にするまでにやはり時間を要したのでしょう。

 第3章「生い立ちとデビュー」で、父親は4回結婚していて、怒ると銃を持ち出してくるような人だったというから、結構すごい家庭に育ったのだなあと。漫画家になろうと決めて、手塚治虫ではなく石ノ森章太郎を手本にしたそうで、「手塚先生の絵は動いている」ので模倣するのが難しかったと。SF志向で(多くSF作家の名前が出てくる)、「ロリコン」の方にいったのは少し後だったようです。

 第4章「週刊誌時代」では、時間軸に沿って作品リストを挙げながら、自作についてコメントし、第5章「「不条理」の時代」まで、初期作品、『不条理日記』や『ふたりと五人』の頃(70年代終わりから90年代、00年代にかけてか)について語り、第6章「『失踪日記』その後」で『失踪日記』('05年)が賞を獲った後のことを語っています。

 先に述べたように、時系列では漫画作品『失踪日記』('05年) → インタビュー中心の本書('07年) → 漫画作品『アル中病棟』('13年)となるわけであり、『失踪日記』と『アル中病棟』の間に本書があることになります(『アル中病棟』で描かれていることはすでに体験済だが、作品として昇華されてはいないということ)。個人的には『失踪日記』→『アル中病棟』→本書の順で読んだので、『アル中病棟』の下地がどのように作られたか、作者本人が語っているのが興味深かったです(『失踪日記』から『アル中病棟』にどう繋がっていったのかが分かった)。

 また、個々の自作品の創作の経緯や出来上がったものに対するコメントは、コアなファンには貴重な情報ではないでしょうか。個人的には著者のロリコン漫画の方は読んでいないので何とも言えませんが、インタビューの中でアシモフ、クラーク、ハインライン、ブラッドベリ、シェクリィ、ブラウンなど好きなSF作家を挙げていて(これだけでない、フィリップ・K・ディックなど、あと20人くらいの作家名が出てくる)、しっかり影響を受けている印象を持ちました。

 食道癌による69歳での死は早いと言えば早いですが(まあ、手塚治虫も石ノ森章太郎も60歳で亡くなっているというのはあるが)、こうしたインタビュー記録が本として遺ったということは、編集者のお手柄ではないでしょうか(著者自身は、本書の漫画の中で編集者に「てかこれ『失踪日記』の便乗本じゃないのか」と言ってはいるが)。

【2015年文庫化[NICHIBUN BUNKO]】

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前作『失踪日記』を超えているか。糠(ぬか)漬けのキュウリは元のキュウリに戻らない...。

アル中病棟.jpgアル中病棟2.jpg  失踪日記 吾妻 ひでお.jpg
失踪日記2 アル中病棟』(2013/10 イースト・プレス)/『失踪日記』(2005)

 フリースタイル刊行「このマンガを読め!2014」ベストテン第1位作品。

 2013年10月刊行の描き下ろし作品で、サブタイトルは「失踪日記2」。『失踪日記』('05年/イースト・プレス)は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでしたが、もともと作者は1980年代半ばから盛んに飲酒し、「アル中」を自称していたのが、その後'98年には"連続飲酒状態"となり、その年12月26日に妻子に取り押さえられて「アル中病棟」へ放り込まれたとのこと(2回の失踪を挟んだこともあって、一般的なアルコール依存症患者よりも症状の進行が遅かったともとれる)、本篇はそうしたイントロダクションを経て、'99年1月からの「アル中病棟」での生活開始の様子からスタートします。

 前作『失踪日記』は文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞や手塚治虫文化賞マンガ大賞などを受賞した作品ですが、個人的には、作者は自らの経験を漫画として描くことが自己セラピーになっている面もあるのではないかと思ったりもしました。そしたら、本作『アル中病棟』で、しっかりそのことを自覚していた...やっぱり。

 作者一人の失踪と彷徨が描かれている色合いが強い前作『失踪日記』に比べ、本作は、アル中病棟にいる様々な患者や断酒会の参加者らの群像劇の色合いが強く、しかも何れも濃いキャラクターばかりで、その分、作品としてのパワーもアップしているように感じられました。嫌なキャラクターも多く出てきますが、読み終わってみれば何となく皆同じ人間なのだなあという気持ちになれなくもありません(作者自身がどう思っているかはともかく)。

 また、前作は「極貧生活マニュアル」乃至は「お仕事紹介」になっている印象がありましたが、今回は、まさに「アル中リハビリ案内」を兼ねたものとなっており、それでいてギャグも満載、作品としての"昇華度"(完成度)は、前作を超えて高いように思われました。『失踪日記』が出てすぐ本作に取りかかり10年くらいかけて書き溜めたものの集大成であるとのことで、自らの悲惨な体験を作品として昇華するにはやはりそれなりの時間を要するのでしょう。

 ネット情報によれば、作者は'99年春、本作にある3カ月の治療プログラムを終了して退院し、以後、断酒を続けているとのことですが、作中で、アルコール依存症は症状を改善できても完治は不可能であり、それは、糠漬けのキュウリが元のキュウリに戻らないとの同じだとあるのが印象的でした。少しでもアルコールを口にすればまた元に戻るというのは怖いなあと。そういうのを「スリップ」すると言うそうで本書にもさかんに出てきますが、この「スリップ」というのもネットで調べると"Sobriety(酒を飲まない生き方)Loses Its Priority"の略であるとも。単に"滑った"との語呂合わせかもしれないけれど。

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自分の経験を作品に"昇華"させることにより自らの明日を切り拓いていく(自己セラピー?)。

人間仮免中 卯月妙子.jpg人間仮免中』 失踪日記 吾妻 ひでお.jpg失踪日記』 失踪日記2 アル中病棟.jpg失踪日記2 アル中病棟

 『人間仮免中』は、2012(平成24)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位。

人間仮免中1.jpg 夫の借金と自殺、自身の病気と自殺未遂、AV女優など様々な職業を経験―と、波乱に満ちた人生を送ってきた私は、36歳にして25歳年上の男性と恋をする―。

 '12(平成24)年に刊行された、'02年刊行の『新家族計画』以来10年ぶりとなる作者の描き下ろし作品ですが、単行本刊行時から話題なり、作家の高橋源一郎氏が「朝日新聞」の「論壇時評」(2012年5月31日朝刊)で紹介(推奨)していたり、同時期によしもとばなな氏、糸井重里氏といった人たちも絶賛しており、更には漫画家ちばてつや氏が自らのブログで「ショックを受けた」と書いていたりしました。

『人間仮免中』

 作者の病気とは「統合失調症」であり、衝動的に歩道橋から飛び降り、顔面を複雑粉砕骨折...この作品ではそれ以降のリハビリの日々が描かれていますが、まず思ったのは、動機らしい動機もないままにふわ~と歩道橋から飛び降りて、何の防御姿勢もとらずに顔面から地面に激突したというのが、統合失調症らしいなあと(そう言えば、昨年['13年]8月にマンションから転落死(飛び降り自殺)した藤圭子も、一部ではうつ病と統合失調症の合併障害だったと言われていたなあ)。

 夫の自殺で経済的苦境に陥ったとは言え、いきなりグロ系AV女優の仕事をするなどし、また飛び降りによる顔面骨折で顔がすっかり"破壊"されてしまうなど、経験していることが一般人のフツーの生活から乖離している分、恋愛物語の部分や家族との絆の部分の温かさが却ってじわっと伝わってくる感じでした。

 統合失調症(かつては「精神分裂症」と呼ばれていた)は罹患した個人によって症状が様々ですが、共通して言えるのは「常識」が失われるということであると、ある高名な精神科医(木村敏)が書いていたのを以前に読みましたが、この作品で言えば、病院のスタッフに対する被害妄想意識などがその顕著な例でしょう。統合失調症の一般的な病症についても書かれており、「闘病記」としても読めます。

 但し、Amazon.comのレビューには、読んでいて辛くなるというのも結構あり、身内にうつ病者がいて自殺したという人のレビューで、「精神病の人は自分の事しか考えていません。読んで再度、認識しました」という批判的なものもありました。

『失踪日記』('05年).jpg漫画家の吾妻ひでお.jpg この作品を読んで思い出されるのが、'05(平成17)年3月にこれもイースト・プレスから刊行された漫画家・吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年)で、こちらは'05(平成17)年度・第34回「日本漫画家協会賞大賞」、'05(平成17)年・第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」、'06(平成18)年・第10回「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を受賞しました。過去に「漫画三賞」(小学館や講談社といった出版社が主催ではない賞であることが特徴の1つ)と言われるこれら三賞すべてをを受賞した漫画家は吾妻ひでお氏のみです(このほかにフリースタイル刊行「このマンガを読め!2006」ベストテン第1位も獲得)。「日記」と謳いつつも"創作"の要素が入っていることを後に作者自身が明かしています。

 『失踪日記』にしてもこの『人間仮免中』にしても、もし作者が自分や周囲の人々の苦しみをストレートに描いていたら、あまりに生々しくなり、ユーモアの要素が抜け落ちて、コミック作品としては成立しなかったのではないかと思われます。『人間仮免中』についてのAmazon.comのレビューには、「意外と悲惨に感じなかった」というのもありましたが、個人的な印象はそれに近く、そうした印象を抱かせるのは"作品化"されていることの効果ではないかと。

 一方で『人間仮免中』の場合、最後はやや無理矢理「感動物語」風にしてしまったキライもありますが、こうしたことからも、作者の場合は創作活動が自己セラピーになっている面もあるのではないかと思われました。大袈裟に言えば、自分の経験を作品に"昇華"させることによって、自らの明日を切り拓いていくというか...。

失踪日記 夜を歩く.jpg 吾妻ひでお氏の『失踪日記』は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでした。1回目の失踪の時は雑木林でホームレス生活をしていて、2回目の失踪の時はガス会社の下請け企業で配管工として働いていたという具合に、その内容が異なるのが興味深いですが、1回目の失踪について描かれた部分は「極貧生活マニュアル」みたいになっていて、2回目は下請け配管工の「お仕事紹介」みたいになっています。

 1回目の失踪で警察に保護された際に、署内に熱烈な吾妻ファンの警官がいて、「先生ともあろうお方が...」とビックリされつつもサインをせがまれたという話は面白いけれど、事実なのかなあ。熱心な吾妻ファンである漫画家のとり・みき氏と1995年に対談した際に、「失踪の話はキャラクターを猫にして...」と言ったら、「吾妻さんが(ゴミ箱を)あさったほうが面白いですよ(笑)」と言われて、その意見も参考にしたとも後に明かしています。
『失踪日記』

 『失踪日記』も、個人的には、自らの経験を漫画として描くことが自己セラピーになっている面もあるのではないかと思うのですが、作者はこの失踪事件から復帰後、今度はうつ病の副次作用からアルコール中毒に陥り、重症のアルコール依存症患者として病院で治療を受けていて(但し、本作『失踪日記』が世に出る前のことだが)、この経験も「アル中病棟」(『失踪日記2-アル中病棟』('13年10月/イースト・プレス))という作品になっています。

 最後ばたばたっと"感動物語"にしてしまった『人間仮免中』よりは、「極貧生活マニュアル」乃至は「お仕事紹介」になっている『失踪日記』の方が、ある意味"昇華度"(完成度)は高いように思われますが、繰り返し"うつ"になってしまうということは、吾妻ひでおという人は根本的・気質的な部分でそうした素因を持ってしまっているのだろうなあと思われる一方で、「アル中病棟」退院後は断酒を続けているとのことで、セラピー効果はあったのか。

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