【2980】 ○ ジャン・ルノワール 「フレンチ・カンカン」 (54年/仏) (1955/08 東和) ★★★★

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ラストの踊りのシーンは圧巻だが、細かいプロットもよく出来ている。

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フレンチ・カンカン HDマスター [DVD]」ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール
maria-felix-french-cancan-1954.jpgフレンチ・カンカン74.jpg 1888年のパリ。上流向けクラブ「パラヴァン・シノワ(シナの屏風)」のオーナー・ダングラール(ジャン・ギャバン)は、モデルをしていたところを自身が発掘したローラ(マリア・フェリックス)をベリーダンサーとしてクラブのスターに据え、同時に彼女を自身の愛人にしていた。ローラもダFRENCH CANCAN 1954ages.jpgングラールを愛していたが、彼の事業の出資者であるヴァルテル男爵(ジャン=ロジェ・コシモン)が彼女につきまとっていた。ある晩モンマルトルに行ったダングラールは、「白い女王」というキャバレーで恋人のパン職人のポーロ(フランコ・パストリーノ)とカンカン踊りに興じる洗濯女の娘ニニ(フランソワーズ・アルヌーFRENCH CANCAN 1954 3.jpgル)の新鮮さに驚嘆し、カンカン踊りを新しいショーとして興行することを決心、「パラヴァン・シノワ」フレンチ・カンカン 1954 1.jpgを売却して「白い女王」を買い取り、カンカン踊りに「フレンチ・カンカン」という名称を与え、「白い女王」を取り壊してニニを中心に大勢の踊り子がカンカンを踊るショーを上演するキャバレー「ムーラン・ルージュ」を立ち上げることにする。棟上式の日、ニニに嫉妬したローラが喧嘩を仕掛けて乱闘となり、さらにダングラールに嫉妬したポーロが工事中の穴にダングラールを突き落とし、彼は大ケガを負う。彼が退院した日、ローラに唆されてヴフレンチ・カンカン  2.jpgァルテル男爵が出資を取りやめたことを知ったダングラールは絶望するが、その晩ニニと初めて結ばれる。かねてからニニに思いを寄せていた某国のアレクサンドル王子(ジャンニ・エスポジート)が新たな支援者となり、フレンチ・カンカン3852.jpgムーラン・ルージュの工事は進むが、嫉妬に燃えるローラは、王子を連れ「ムーラン・ルージュに押しかけ、皆の面前でニニにダングラールの情婦であることを告白させる。王子はピストル自殺をするが未遂に終わり、ダングラール名義に書き換えたムーラン・ルージュの権利書を残して去る。後悔したローラも協力を約し、ムーラン・ルージュはなんとか開店にこぎつける。しかし ショーの本番直前、新人歌手のエステル(アンナ・アメンドーラ)に囁きかけるダングラールを見かけたニニは楽屋に籠ってしまい、観客たちは騒ぎ出す―。

フレンチ・カンカン 1954 2.jpg ジャン・ルノワール監督の1954年制作、1955年フランス公開作で、1880年代のパリを舞台に、フレンチ・カンカンとムーラン・ルージュの誕生を虚実取り混ぜて描いたものです。キャバレー"ムーラン・ルージュ"を舞台にした映画は数多く、アメフレンチ・カンカン133a.jpgリカでは、ムーラン・ルージュに通い詰めた画家ロートレックの生涯を描いたジョン・ヒューストン監督の「赤い風車」('52年)や、共にミュージカル映画で、シャーリー・マクレーン主演「カンカン」('60年)、ニコール・キッドマン主演「ムーランルージュ」('01年)などがあります。この作品のヒロイン・ニニを演じた当時23歳のフランソワーズ・アルヌールは一気にスターとなりり、その後、アンリ・ヴェルヌイユ監督の「ヘッドライト」('56年)で再びジャン・ギャバンと共演することになります。

 この作品は、厳密にはミュージカル映画ではないものの、エディット・ピアフをはじめとして多くの歌手も出演しているため、雰囲気的にはミュージカル映画っぽい印象を受けます(たまたま隣家で洗濯物を干しながら鼻歌を歌っていた主婦がピアフ級だったというのがスゴイ設定だが)。基本的に俳優陣は台詞を普通に喋りますが、時に歌い出すことのあり、主演のジャン・ギャバンも1曲だけ歌っています。ジャン・ギャバンというとギャング映画のイメージが強いですが、実はジャン・ギャバンの父はミュージック・ホールの役者で、母は歌手であり、ジャン・ギャバン自身も〈俳優〉兼〈歌手〉であったことを改めて想起しました。

FRENCH CANCAN 1954 5.jpg ラストの、ムーラン・ルージュの客席のあちこちからフレンチ・カンカンのダンサーが沸いて出てきて、クライマックスのフレンチ・カンカンの大演舞に繋がっていくシーンは、美しいカラー映像と相俟って圧巻です。さすが画家ルノワールの次男! 「ピクニック」('36年)ではモノクロで印象派の世界を再現してみせましたが、カラーで豊かな色彩表現を見せています(ただし、映画の中ではロートレックの絵が多用されている)。

 細かいプロットもよく出来ていました。去っていった王子はいい人だったなあ。王子には気の毒だったけれども、最後は、残された人はみんな幸せになれそうな雰囲気で、ラストシーンはみんなカップルになっていました。ただ笑わせるだけの役回りだと思っていたダングラールの部下の長身の芸人ガジミール(フィリップ・クレイ)の隣にも彼女と思しき女性がいるし、恋人ニニをダングラールに持っていかれ嫉妬心の抑制がきかなかったポーロ(フランコ・パストリーノ)の傍らにも、ニニのかつての同僚で、「ムーラン・ルージュ」の踊子の採用試験に落ちて今も洗濯女をしているテレーズ(アニック・モーリス)が傍にいました。なんだか、気配りの行き届いた映画のように思えました。

フレンチ・カンカン ジャン・ギャバン.jpg 裏を返せば、王子が去った後に結ばれないのはダングラールとニニだけであり、ダングラールは楽屋に籠ってしまったニニに、「オレは籠の鳥にはなれない」と言っていましたが(説得するつもりが開き直りになっていた(笑))、これが一般的な家庭というものを持ち得ないダングラールの性(さが)であると同時に、興行に人生を賭けた人間の厳しさということなのかもしれません(この厳しさは、踊りにすべてを賭けることにしたニニにも当てはまる)。

フレンチ・カンカン156.jpg この映画は、公開時には興行的に成功しましたが、やがて1950年代末にフランスで始まったにヌーヴェルバーグが隆盛となり、後の批評家たちによって退屈な映画だとして無視されてしまったようです。それがまた最近になって、「ベル・エポック」と呼ばれる時代に、大衆芸能の世界にも新しい現実感覚を示すような創造性豊かな表現方法の革新があったことを、興行の世界だけでなく町の様子や人々の風俗と併せて色彩豊かに描いた作品として再注目されています。

 個人的にも、昔はこんな映画は観に行かなかったでしょうが、だんだんこうした映画が快く、また何となく懐かしく感じられるようになった昨今です(やはり年齢のせいか?)。そう言えばジャン・ギャバンって「レ・ミゼラブル」('57年)のような文芸大作にも出演していて、今まで数多く映画化されたその作品でも「歴代最高」との評価を得ています。

ジャン・ギャバンフランソワーズ・アルヌール in「ヘッドライト」('56年)/ジャン・ギャバン in「レ・ミゼラブル」('57年)
「ヘッドライト」('56年)ジャン・ギャバン.jpg les_miserables01jw.jpg 

フランソワーズ・アルヌール1958.jpgフレンチ・カンカン0.jpg「フレンチ・カンカン」●原題:FRENCH CANCAN●制作年:1954年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ミシェル・ケルベ●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス●時間:102分●出演:ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール/マリア・フェリックス/アンナ・アメンドーラ/ヴァルテジャン=ロジェ・コシモン/ジャンニ・エスポジート/フランコ・パストリーノ/アニック・モーリス/ミシェル・ピッコリ/エディット・ピアフ●日本公開:1955/08●配給:東和●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-12-16)(評価:★★★★)

フランソワーズ・アルヌール

Francoise Arnoul (1958)

               [Prime Video]


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和田泰明

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