【2971】 ◎ ジョゼ・サラマーゴ (雨沢 泰:訳) 『白の闇 (2001/02 日本放送出版協会)《(2020/03 河出文庫)》 ★★★★☆

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○ノーベル文学賞受賞者(ジョゼ・サラマーゴ)「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

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白の闇 新装版』['01年]『白の闇』['08年]『白の闇 (河出文庫)』['20年]

目が見えなくなることで見えてくるものがあるならば、今は我々は何を見ているのか。

 クルマを運転中の男が突然目の前が真っ白になり失明する。そこから、車泥棒、篤実な目医者、サングラスの娼婦の娘、子供、眼帯をした老人などへと、「ミルク色の海」が原因不明のまま次々と周囲に伝染していく。事態を重く見た政府は、感染患者らを、精神病院だった建物を収容所にしてそこへ隔離する。介助者のいない収容所の中で人々は秩序を失い、やがて汚辱の世界にまみれていく。しかし、そこにはたったひとりだけ目が見える女性が紛れ込んでいた―。

ジョゼ・サラマーゴ.jpg ポルトガルの作家(劇作家・ジャーナリストでもある)ジョゼ・サラマーゴ(1922-2010/87歳没)が1995年に発表した作品で(原題:Ensaio sobre a Cegueira)、サラマーゴは既に、その代表作『修道院回想録』('82年)、『リカルド・レイスの死の年』('84年)で数々の文学賞を受賞していましたが、本書はとりわけ世界各国で翻訳され、'98年にはポルトガル人として初のノーベル文学賞受賞者となっています。また、2002年にノルウェー・ブック・クラブが発表した「世界最高の文学100冊」(Bokkulubben World Library)では、一番古いものが『ギルガメシュ叙事詩』(紀元前18世紀~17世紀)で、最も最近のものがこの『白の闇』となっています。

 日本では、2001年に翻訳されて日本放送出版協会より刊行され、2008年には新装版も出ましたが、今回、河出文庫として刊行されました(英訳本を底本とし、原著を参照している)。本書における失明を引き起こす感染症が街中に蔓延していく状況は、まさに新型コロナウィルスによる感染が広まる2020年現在の状況に通じるところがあることからの文庫化と思われます。

 物語では人から人へと感染は広まり、目の見えない人は急増し、次々と収容所の建物に送られてきます。ベッドは足りず、食糧も足りなくなり、目が見えないのでトイレも一苦労で、至る場所が汚れていきます。さらには、あるグループが暴力で食糧を占拠し、他のグループに金目のものを要求、やがてその要求はエスカレートしていき、要求に従わなければ支配下に置かれた人間は餓死してしまう状況に―。

 閉鎖された空間で噴出する人間の醜さ・怖ろしさを描いた、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』などにも比される、ディストピア小説であると言えます。文体は独特で、会話にカギ括弧がなく、初めはやや当惑させられますが、内容の凄まじさに引き込まれ、ぐいぐい読み進むことができました。特殊な出来事を描いていて、登場人物の名前も出てこないというのはある種の寓話ともとれますが、表現がリアルな分、「現実世界の縮図」感もありました。

 希望がまったく無いかと言えばそうではなく、世の中の皆が目が見えなくなっていく状況の中、目医者の妻1人だけが目が見えていて(この目医者の妻が物語の中心人物になる)、最初に収容所に隔離された、自分の夫を含む6人を、陰に日向に支えていくサーバントリーダーのような役割を果たします。ある意味、人間の理性の部分を象徴するような存在です。
ブラインドネス (2008) 監督:フェルナンド・メイレレス 主演:ジュリアン・ムーア
ブラインドネス (2008).jpgブラインドネス1.jpg 2008年にはフェルナンド・メイレレス監督、ジュリアン・ムーア主演で映画化もされ(「ブブラインドネス (2008) 木村 伊勢谷.jpgラインドネス」('08年/日本・ブラジル・カナダ))、第61回カンヌ国際映画祭のオープニング作品でした。日本からも最初に感染する夫婦役で伊勢谷友介、木村佳乃が出演していますが、当時はノーベル賞作家の作品が原作とは知らす、単なるパニック映画だと思ってスルーしてしまいました。でも、少人数の"身内"とその他大勢の"外敵"という原作の構図は、サバイバル系のパニック映画の典型的パターンであり(「バイオハザード」('02年)や「アイ・アム・レジェンド」('07年)など感染者がゾンビ化する映画なども大体このパターン)、意外と映画化し易かったのではないかという気もします。

 作品テーマとしては、目が見えなくなることで見えてくるものがあり、それは人間のエゴの醜さであったりするものの、真の理性もそうしたものの対極として同じように浮き彫りになるということでしょうか。となると、目が見えているときは一体我々は何を見ているのかという、ある種皮肉のようなものも込められているかと思います(意識的・無意識的に見ないようにしている部分が多々あるように思う)。個人的解釈ですが、「白い闇」とは、今まさに人々が置かれている(しかし気づいてはいない)状況でもあると言えるかもしれません。

 原題の意味は「見えないことの試み」で、作者は2004年には81歳で本書の続編『見えることの試み』を、2005年に82歳で『中絶する死』を発表しており、『見えることの試み』では、伝染性の"白い失明病"が終焉した4年後の世界の政治と社会、集団と個人、束縛と自由を描き、『中絶する死』では、ある国でその国境の内側では、どんなに死にかけている人も死ななくなる、つまり死者がいなくなる事態が勃発するという世界を描いているとのこと、そう言えば、2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』('05年)も、SFの形を借りて、わかりやすいドラマのスタイルで「死」というテーマを扱っていたことを思い出しました(SFの形を借りるのはノーベル文学賞受賞者の一つの傾向か?)。

【2008年新装版/2020年文庫化[河出文庫]】

     

    

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和田泰明 

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