「●あ 相場 英雄」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒「●あ 青山 文平」【1543】 青山 文平 『白樫の樹の下で』
ネット社会の暗部がよく描かれている。エンタメ性が前面に出た分、ややリアリティを欠いたか。
『血の雫』['18年]
東京都内で3件の連続殺人事件が発生する。かつて捜査中に、ネットに苦い思いをさせられたことのある捜査1課の田伏は、民間のIT企業から転職してきた新米刑事の長峰と事件を追いかける。3件の殺人事件の凶器は一致するが、被害者はモデル、タクシー運転手、老人と接点がなく、捜査は難航する。警察への批判が高まる中、「ひまわり」と名乗る犯人がネットメディアに犯行声明を出したことにより、事件はインターネットを使った劇場型犯罪へと発展、多くの人々を巻き込み、その狂熱を加速させていく―。
『血の雫 (幻冬舎文庫) 』['21年]
作者の『震える牛』『ガラパゴス』同様に、ストーリーがテンポ良く展開していき、相変わらずの上手さを感じました。インターネットの匿名性の陰で、むき出しの悪意を垂れ流す心の闇を抱えた人々や、唯々早い者勝ちとばかりに真偽不確かな情報を興味本位で拡散させる、ジャーナリズムと呼ぶにはあまりに荒廃した世界など、ネット依存社会、情報拡散社会の暗部がよく描かれています。
作者自身、SNS上の諍いや中傷の応酬から着想を得たそうで、「多くの人々が、事実の真偽を問うことなく話題性や刺激の強さを求め、無責任に拡散してゆく。その怖さ、気持ち悪さを、具体例を出しながら書けたかなと思う」と述べています。
後半は、風評被害をネット上に書き込まれた「福島の果物」などに導かれ、舞台はその中心を福島へと移していきます。原発事故後の風景や人々の生活も丁寧に描かれているのは、作者自身が震災後も定期的に東北を訪れているからでしょう。震災から8年近くたっても福島を題材に書き続けている理由を作者は、「全国紙からの情報発信が減り、被災地の営みへの想像力が失われようとしている。エンターテインメントに昇華することで、再び関心を持ってもらえると信じたい」と語っています。
「福島民友」2018年11月7日
そうした思いも込められた力作であると思いますが、犯人のパフォーマンスがやや劇画チックだったでしょうか("洋モノ"で例えばジェフリー・ディーヴァーの小説などには、この手の犯人が登場するが)。『震える牛』『ガラパゴス』がそれぞれ「警察小説×経済小説」「労働経済小説」と言えるものだったのに対し、「警察小説×社会問題小説」といった感じですが、前2作が経済小説としてのリアリティがあっただけに(個人的評価は『震える牛』★★★★、『ガラパゴス』★★★★☆)、今回はややリアリティの面で弱かったかなという印象も受けました。それと引き換えにエンターテインメント性を前面に押し出したのでしょうが...(個人的評価は★★★☆)。
SNS上の裏アカウントでドロドロの本音をぶちまけているという話は、朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)でもう既にモチーフに使われていました。あれから変わっていないなあと(若者から中高年にまで拡がった?)。最近の中高生は、クラスの友だちなどに公開する「表アカウント」のほか、限られた友人のみに公開する「裏アカウント」、愚痴やネガティブなことだけをツイートする「裏アカウント(闇アカウント)」など、複数の"捨て垢"を所持しているそうな。今年['20年]5月には、シェアハウスでの共同生活を記録する番組「テラスハウス」に出演していた、女子プロレスラーの木村花さんが番組内での言動に対してSNSで誹謗中傷が相次いだことを苦にして、自殺するという事件がありました。この先どうなっていくのでしょうか。
「NHK二ュース」2020年5月23日
【2021年文庫化[幻冬舎文庫]】