【2893】 ◎ 村上 哲見 『中国の名句・名言 (1986/11 講談社現代新書) ★★★★☆ (○ 増原 良彦 『日本の名句・名言 (1988/11 講談社現代新書) ★★★★)

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楽しく読める『中国の名句・名言』。日本人論としても読める『日本の名句・名言』

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中国の名句・名言 (講談社現代新書)』『日本の名句・名言 (講談社現代新書)

中国の名句名言_0413.JPG 中国文学者の村上哲見(1930- )東北大学名誉教授の56歳の頃の著書で、同じ講談社現代新書に姉妹書として同著者の『漢詩の名句・名吟』('90年)があります。また、これも講談社現代新書で、増原良彦氏の『日本の名句・名言』('88年)というのもあります。中国の名句・名言を、テーマに沿って取り上げ、わかりやすく解説しています。

 第1章「春・秋」では、『唐詩選』にある孟浩然の「春眠 暁を覚えず」、宋の詩人・蘇東坡(蘇軾)の「春宵一刻値千金」から始まって、これも『唐詩選』にある劉廷芝の「年年歳歳 花相似たり、歳歳年年 人同じからず」、張継の「月落ち鳥啼いて 霧 天に満つ」などが紹介されています。

 第2章「美人・白楽天二題」では、まずは「明眸皓歯」で、これは、杜甫が「哀江頭」において、玄宗皇帝の寵愛を受けながらも無残な最期を遂げた楊貴妃のことを悼んだもの。「顰に倣う」は「荘子』にあり、こちらは越王(勾践(こうせん)の復讐の道具として使われた悲劇のヒロインである西施(せいし)ですが、紀元前500年くらいの人なんだなあ。

 第3章「項羽と劉邦・勝負」では、やはり項羽の「四面楚歌」が最初にきて、「虞や虞や 若を奈何せん」と、虞美人が登場。「背水の陣」を布いたのは、劉邦の麾下の韓信でした。垓下の包囲を脱出したものの、天命を悟って自刎した項羽でしたが、後に晩唐の詩人・杜牧に「題烏江亭」で「捲土重来」(まきかえし)が出来たかもしれないにと謳われます。「彼を知り己を知らば、百戦殆うからず」は『孫子』、「先んずれば人を制す」は『史記』でした。

中国の名句名言_0412.JPG 第4章「政治・戦争」では、「朝令暮改」「朝三暮四」「五十歩百歩」とお馴染みの故事成語が続きますが、やはり杜甫の「春望」の「国破れて山河在り」が有名。これ、『唐詩選』には入ってないそうですが、日本人に馴染みが深いのは、芭蕉が『おくのほそ道』で引用したのと、あと著者は、日本人の敗戦の時の心象と重なるからだと分析しています。ただし、安禄山が唐を破った(亡ぼした)わけではなく、この詩における「国破れて」は戦乱で首都・長安の一帯が破壊されたことをさすとのことです。

 第5章「人生・白髪・無常」では、杜甫の「人生七十 古来稀なり」から始まって、『唐詩選』の魏徴の詩「述懐」にある「人生意気に感ず」、李白の五言絶句「秋浦歌」の「白髪三千丈」、同じく唐の張九齢の「宿昔 青雲の志 蹉たたり 白髪の年」、陶淵明の「歳月 人を待たず」まどなど続きますが、後の二つは何だか侘しい。

 第6章「酒」で最初にくるのは「酒は百薬の長」で、班固の『漢書』にあるから古くから言われているのだなあと思ったら、漢の帝位を奪った王莽が、財政困難を脱するため酒を専売にした際のスローガンのようなものだったのかあ。「一杯 一杯 復た一杯」は李白でした。

 第7章「修養・『論語』より」では、『周易』の「君子豹変」(悪い意味で使われることが多いが、実は"立派になる"こと)から始まって、『大学』の「小人閑居して不善を為す」、『論語』の「巧言令色鮮なし仁」「過ちを改むるに憚ること勿れ」「過ぎたるはなほ及ばざるがごとし」「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」と、この辺り、いかにも論語らしいなあと。

 著者の個人的体験や世評風のコメントも織り交ぜ、エッセイ感覚で楽しく読めます。

日本の名句・名言0416.JPG 増原良彦(1936- )氏の『日本の名句・名言』も、同じような趣旨でまとめられていて、こちらも楽しく読めました。ただ、中国の故事成語のようにピタッと漢字四文字前後で"決まる"ものがほとんどなく、例えば「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とか、「何せうぞ、くすんで、一期は夢よ。ただ狂へ」とか、やや長めのものが多くなっています。

 『古今和歌集』から石川啄木、井伏鱒二まで広く日本の名句・名言を拾っていますが、良寛の「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候」や、親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」、一休禅師の「門松は めいどのたびの一里づか 馬かごもなく とまりやもなし」のように、仏教の先人たちの言葉が散見されます。これは、増原氏のペンネームが「ひろさちや」であると言えば、「ああ、あの仏教の「ひろさちや」.jpgヒトか」ということで、多くの人が思い当たるのではないかと思います。

 ただ、本書に関して言えば、宗教臭さは無く、むしろ、ある種、日本人論としても読めるものとなっています。『論語』をはじめ、中国の影響を多分に受けていることが窺えますが、日本と中国で「忠」と「孝」の優先順位が逆転した(中国では「孝」が上、日本では「忠」が上)という論は興味深かったです(本名の増原良彦名義で同じ講談社現代新書に『説得術』('83年)、『タテマエとホンネ』('84年)という著作がある)。

          



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