2019年9月 Archives

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作品遍歴としても個々の作品解説としても読める。最初は"ついでに面接した娘"だった。

美と破壊の女優 京マチ子.jpg京マチ子 雨月物語.jpg 鍵 1959 京.jpg
雨月物語」('53年/大映)/「」('59年/大映)
美と破壊の女優 京マチ子 (筑摩選書)

京マチ子 死去 朝日新聞.jpg 今年['19年]5月に亡くなった京マチ子(1924-2019)に関する女優論。映画デビュー後、瞬く間にスターの座に上り詰め、日本映画の黄金期を駆け抜けた彼女は、強烈な肉体美で旧弊な道徳を破壊したかと思えば、古典的で淑やかな日本女性を演じてみせ、バンプから醜女、喜劇からシリアスな役まで、多彩な役を変幻自在に演じた女優でもあります。本書は、100本以上にのぼる彼女の出演作から代表的なものを選び、作品ごとに彼女がどのように変遷を遂げてきたかを、その魅力とともに語っています。

 こうして見ると、実際に彼女は作品ごとに大きな変化を遂げてきたことが分かり、著者が京マチ子のことを「美と破壊性をあわせ持つ無二の女優」としているのよく分かりました。作品遍歴としても個々の作品解説としても読めるとともに、彼女の主演作が海外の名だたる映画祭で高く評価されたのはなぜか? 戦後、多くの日本人に熱烈に支持されたのはなぜか? といったことにも考察が及び、更には、京マチ子の出演した映画やその反響等を通じて、戦前から戦後の日本社会を分析する本にもなっています(この辺りは著者が大学教授であることも関係していると思われるが、やや拡げ過ぎか)。

羅生門」('50年/大映)
京マチ子 羅生門.jpg やはり前半の、初期作品の解説が、知ら牝犬 [DVD].jpgないことも多くて興味深かったです。そもそも個人的に観ていない作品が多くありますが、その内の1つで、「羅生門」('50年/大映)の翌年に公開された「牝犬」('51年/大映)を著者は高く評価していて(本書の表紙には「牝犬」のスチール写真が使われている)、観てみたい気になりました。DVD化されていますが、意外と「羅生門」や「雨月物語」('53年/大映)は観ていても、こうした話題の狭間にある作品は、観る機会がなかったり、見落としていたりするものです。「牝犬 [DVD]

痴人の愛」('49年/大映)with 宇野重吉
痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 京マチ子 宇野重吉 .jpg エピソードとして最も興味深かったのは、第1章の「痴人の愛」('49年/大映)(共演の宇野重吉が彼女を絶賛している。今鍵 修復版 [Blu-ray].jpg月['19年9月]、「」('59年/大映)などと併せて修復版[Blu-ray]がリリースされた)のところにある、京マチ子の本格デビューに至る経緯でした。大映の企画本部長だった松山英夫が'49年に、新人をスカウトしようと大阪松竹歌劇団の目当ての踊子を観に行ったところ、同じ舞台にすらりとして豊満な踊子がいて、本命の踊子とセットで面接することに。ところが会ってみると、ニキビが噴き出た顔と大阪弁丸出しの"ついでに面接した娘"(京マチ子)に幻滅した。それが、カメラテストのフィルムを後で回してみると、瑞々しい肢体と何とも言えぬ色気に「これはいける!」ということになったそうです。「鍵 修復版 [Blu-ray]

花くらべ狸御殿0.jpg これにより京マチ子は、「最後に笑う男」('49年/大映)で本格デビューし、以降、「痴人の愛」を含め「花くらべ狸御殿」('49年/大映)から「蛇姫道中」('49年/大映)までこの年だけで5作品に、翌年には「羅生門」など7作品に、さらにその次の年にも「偽れる盛装」('51年/大映)、「源氏物語」('51年/大映)など7作品にいづれも主役乃至は重要な役どころで出演していますから、運命と言うのは分からないものです(大阪松竹歌劇団の舞台で、そのスカウトが本命視していた踊子と一緒に出ていなかったらどうなった?)。

花くらべ狸御殿」('49年/大映)with 水の江滝子

 作品の年代順に解説されているので分かりやすく、巻末に、京マチ子のフィルモグラフィーとして、100作を越える出演映画のリストがあるのも丁寧です。こうした本が出るころに、本人が亡くなってしまうというのが、95歳とほぼ長寿を全うしたと言えるにしても、ちょっと寂しい気がします。

 本書にも、京マチ子が海外のスタート並んで写っている写真のある新聞記事が紹介されていますが、(本書にはないものの)個人的には、1955年のヴェネチア国際映画祭で、当時売り出し中のソフィア・ローレンと並んで写っている写真が印象に残っています(当時の実績では、出演作の「羅生門」「雨月物語」が同映画祭のそれぞれグランプリと銀獅子賞を獲得している京マチ子の方が上)。

 著者は、「京マチ子に関しては、驚くほど忘却されたままである」としていますが、亡くなったときに結構「まだ生きていたの」的な声が聞かれたように思います。ただし、さすがに亡くなった直後に、雑誌「キネマ旬報」と「ユリイカ」で「京マチ子」特集が組まれています。

京マチ子とソフィア・ローレン(1955年・ヴェネチア)
京マチ子とソフィア・ローレンD.jpg 京マチ子とソフィア・ローレン.jpg

《読書MEMO》
●目次
序章 京マチ子の誕生前夜
第1章 肉体派ヴァンプ女優の躍進
第2章 国際派グランプリ女優へ
第3章 真実の京マチ子―銀幕を離れて
第4章 躍動するパフォーマンス―文芸映画の京マチ子
第5章 "政治化"する国民女優―国境を越える恋愛メロドラマ
第6章 "変身"する演技派女優―顔の七変化
第7章 闘う女―看板女優の共演/競演
終章 千変万化する映画女優

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嬰児殺や心中も虐待死として捉え、虐待死の全容を分析し予防策を提案している。

虐待死x3j.jpg虐待死1.jpg    児童虐待 現場からの提言.gif
虐待死 なぜ起きるのか,どう防ぐか (岩波新書)』['19年]『児童虐待―現場からの提言』['06年/岩波新書]

 2000年に児童虐待防止法が施行され、行政の虐待対応が本格化したものの、それ以降も、虐待で子どもの命が奪われる事件は後を絶たない状況が続いています。長年、児童相談所で虐待問題に取り組んできた著者が、多くの実例を検証し、様々な態様、発生の要因を考察、変容する家族や社会のあり様に着目し、問題の克服へ向けて具体的に提言したものが本書であるとのことで、『児童虐待―現場からの提言』('06年/岩波新書)の"その後"編とも言える本でした。

 執筆のスタンスの特徴としては、一つは、未来ある子どもの死が私たちの心を激しく揺さぶるからこそ、努めて冷静な筆致を保つようにしたこと、一つは、多くの人に読んでもらえるよう平易な表現に努めたこと、そしてもう一つは、各事例について具体的で詳細な内容を知ることは不可欠だが、個人を特定する必要ないとしたこととのことです。このあたりは、新聞・週刊誌系の出版社から刊行される同じテーマを扱った本とはやや異なるかも(岩波新書らしい?)・ただし、最後の「個人を特定しない」ことについては、「社会的に広く認知された事例とそうでもない事例があることから」地名や発生年の記述の具体性にはむらが出たとのことです。

 第1章で、虐待死の実態を検証しつつ、「虐待死の区分仮説」を示していますが、その特徴としては、まず「心中」を虐待死に含めていることにあり、虐待死を「心中以外」と「心中」に分け、さらに「心中以外」の中に、従来の「身体的虐待」と「ネグレクト」のほかに「嬰児殺」という分類項目を設けていることにあります。そして、以下章ごとに、「暴行死」「ネグレクト死」「嬰児殺」「親子心中」の順で解説し、最終章で、虐待死を防ぐためにどうすればよいかを提言してます。

代理ミュンヒハウゼン症候群.jpg 第2章は「暴行死」を扱い、ここでは、「体罰」とい目黒区5歳女児虐待死事件.jpg野田市小4女児虐待事件.jpgうものが、かつては「しつけ」と「虐待」の中間に位置するグレーなものであったのが、2019年の改正児童虐待防止法により、「しつけ」のための「体罰」が禁止されたため、「虐待」とイコールになったことを解説しています。冒頭に事例として、2010年に江戸川区で起きた、小学1年生の男児が継父の暴行を受けて死亡した事件を取り上げていますが、2018年の「目黒区5歳女児虐待死事件」、2019年の「野田市小4女児虐待事件」も取り上げられています。また、ステップファミリーの問題のほか、産後うつや、代理代理ミュンヒハウゼン症候群についても((南部さおり『代理ミュンヒハウゼン症候群』('10年/アスキー新書)などを引いて)解説されています。

「目黒区5歳女児虐待死事件」(2018年)
「野田市小4女児虐待事件」(2019年)

大阪二児置き去り死事件1.jpgルポ 虐待2.jpg 第3章では「ネグレクト」を扱い、ここでは冒頭に2010年発生の「大阪市二児餓死事件」を取り上げ(杉山春『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』('13年/ちくま新書)などを引いて)、児童相談所のが「立入調査」に加えて「隣県・捜索」ができるよう制度改正されても、まだまだ残る壁があることを示しています。その一つが、居所不明児童の問題であり、また、ネグレクトの背景には、貧困や居住空間の分離などさまざまな要因があることを事例やデータから示しています。

「大阪市二児餓死事件」(2013年)

慈恵病院こうのとりのゆりかご.jpg 第4章では「嬰児殺」を扱っており、もともと日本には戦国時代から江戸時代、さらには明治時代にかけて風習として"間引き"があったとして嬰児殺の歴史的ルーツを探るとともに、赤ちゃんポストとして知られる慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」が参考にしたドイツの内密出産法を紹介するなどしています。

慈恵病院「こうのとりのゆりかご」

 第5章では「親子心中」を扱っており、「心中」を虐待死に含めていることが本書の特徴の1つであるわけですが、0歳児が多い「心中以外」の虐待死に比べ「心中」による虐待死は被害児の年齢別割合にバラつきがあるなど、その特徴を分析するとともに、かつて親子心中が美化されていた時代があったことを指摘しています。また、「実母」が単独加害者であることが全体の4分の3近くを占めるとともに、「実母」が単独加害者の場合は「母子」心中が98%だが、「実父」が単独加害者の場合は、「父子心中」が52%、「父母子心中」が43%になるとことをデータ化から示しています(要するに、父親が加害者の場合は、 "一家心中"にばることが多いということになる)。

 最終章の第6章で、これら虐待死を防ぐにはどうすればよいkを総括していますが、著者は、これまで紹介してきた法整備や児相におけるマニュアル作りは今後も進めていかなければならないが、それだけでは虐待死は未然に防げるものではなく、学校や児童相談所の関係者自身が、子どもたちが「どこか変」と感じ取る感性を磨くことが大切であるとし、また、具体的な手段としては、ジェノグラム(相互の関係性まで示した簡易な家系図)の活用を提案しています。また、ソーシャルワーカーという仕事の重要性も説いています。

 立場的には児童相談所の側から書かれていますが、虐待死の問題の難しさを見つめながらも、これまでの経験をどう活かすかという前向きな姿勢が見られます。前著『児童虐待―現場からの提言』と併せて読まれることをお勧めします。

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