【2597】 ○ 柚月 裕子 『慈雨 (2016/10 集英社) ★★★★

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重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

           



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和田泰明

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