【2586】 ○ 宮本 輝 『錦繡 (1982/03 新潮社) ★★★★

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読み直してみて、"小説的"書簡体だと改めて思ったが、いい作品だと思えるようになった。。

錦繍.jpg錦繍 (1982年)錦繍 bunnko .jpg錦繍 (新潮文庫)

 かつて27歳と25歳の夫婦であり、夫の不義により離婚した男女が、その後別々の人生を生き37歳と35歳となった今、紅葉燃える蔵王のゴンドラ・リフトで偶然再会する。かつての夫・有馬靖明は、安穏ではない日々に疲れ果てた容貌でおり、かつての妻・勝沼亜紀は、再婚し、障害をもつ子の母となっていた。亜紀は、十数年ぶりに靖明に手紙を書き、靖明も躊躇しながらもそれに返信する。文通は当初、かつて靖明と深い仲となった瀬尾由加子と彼女からの無理心中に至る経緯の説明として始まり、次第にそれぞれが生きてきた日々と現在を語る内容に変わっていく。亜紀は靖明に去られた哀しみ、経営している建設会社の跡継ぎに娘婿をと考えていた父の失望、常連となった喫茶店「モーツァルト」の焼失と再建、別離の元となった由加子への憎悪、息子・清高が障害児として生を受けたことの遠因としての靖明への怨嗟、「モーツァルト」での奇縁による東洋史学者・勝沼壮一郎との再婚とその現在の夫との間で心が通い合わないこと、そして、それら全ての原因と言えるかもしれない宿業めいた自らの因縁を書き綴る。一方の靖明は、離婚後の荒んだ生活、心中の夜に死にゆく自分を離れた所から見ていたという臨死体験、現在ともに暮らしている令子という女性の献身ぶり、彼女の祖母が語ったという生と死の巡り合わせ、そして、令子の発案によるささやかな新事業の立ち上げと、それにより少しずつ回復していく心を書き綴る。互いの内にあった屈託は、手紙を遣り取りするうちに消えていく。「生命の不思議なからくり」を秘める宇宙に、互いの幸せを心から祈りながら、二人は遂に本当の別離の時を迎える―。

 作者が「泥の河」「螢川」「道頓堀川」の所謂"川三部作"に続いて発表した、全編"書簡体"の作品で(1982年新潮社刊)、(秋だからというわけではないが)久しぶりに再読してみました。最初に読んだ時は、書簡体であるということもあってか何となく古風な感じがし、終盤で女性の方が運命論者みたいになっていくのがやや肌に合わなかった気がします(もともと、自分の息子が障害を持って生まれたことを、自罰的な宿命論で捉えるような傾向がこの女性にはあるように思えた)。但し、読み返してみて、こうした辛い体験をしたら、そうした考え方が強まることもあるのかなあとも思ったりしました(最後に女性は、そうした自罰的な考えから解き放たれ、むしろ息子の成長が生きがいとして感じられるようになるのだが)。

 男性の方も、様々な経験を通してやや神秘主義的な考えを持つようになったようですが、結局、再会の時には疲れ果てていたように見えた男性(裏切られた女性よりも裏切った男性の方がより苦しかったと見ることもできる)の方が、手紙の遣り取りを通して、と言うか、令子という女性との新事業の立ち上げという新たな行動を通して、より早く恢復していったように思えます(立ち上げた新事業には、作者の広告代理店での勤務経験からくるアイデアが織り込まれているのではないか)。結局、女性の方から手紙を書いていることからみても、女性の方が、経済的なことはともかく、精神的には空虚感が大きかったということだったのかもしれません。しかしながら、女性の方も、男性の恢復に引っ張られるように強くなっていきます。

 改めて読み直してみると、"書簡体"という形式はやはり古風に感じられますが、書かれている内容にはリアリティがあり、非常に"小説的"に書かれているため、思った以上に感情移入できました(年齢のせいか)。一方、今の時代の人だったら、もう、こんな手紙の遣り取りをすることはまずないのではないかという気もして、内容におけるリアリティは再認識しましたが、形式におけるリアイティは更に後退しているようにも思いました。手紙というものの良さ、奥ゆかしさが感じられる作品でもあり、これはまさに作者の筆力に負う部分が大きいと思いますが、一方で、非常に"小説的"に書かれている点で、読者との間である種"お約束ごと"を設定するような作品になっているようにも思いました(初読の際にもそう思ったことを思い出した)。

心と響き合う読書案内2.jpg 作家の小川洋子氏が(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)の中で取り上げていて(ということは「心に響き合う」作品であるということになるが)、男女の往復書簡で基本的に元夫婦の男と女しか出てこないはずが、清高くん(亜紀の息子)をはじめ、実に魅力的な脇役が登場するとし、例えば、一代で会社を築いた亜紀の父親、住み込みのお手伝いさんの育子さん、喫茶店「モーツァルト」のご主人夫婦、今現在の靖明と共に暮らしている令子さん等々であるとしています。小川洋子氏は清高くんと令子さんが特に気に入ったみたいですが、言われてみればナルホドなあと。そうした指摘を受けて、人間は一人で生きていくわけではないのだなあと改めて思わされます。やはり、優れた読書家というのは、作品のいいところをうまく見つけるものだなあと思います。

錦繍 2.jpg錦繍 butai 7.jpg 読み直してみて、いい作品だと思いましたが、読者との間である種"お約束ごと"を設定するような作品になっていることにやや拘ってしまった自分は、小川洋子氏ほどにまでは、この作品の良い読者ではなかったかもしれません。

 この作品は、熊井啓監督で映画化される予定がありましたが、結局立ち消えになったようです。但し、1996年に南果歩主演で舞台化され(一人舞台「幻の光」)、更に2007年に鹿賀丈史、余貴美子主演で、2009年に鹿賀丈史、小島聖主演で舞台化されています。

【1985年文庫化[新潮文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2017年10月 3日 22:15.

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