【2458】 ○ 吉村 昭 『海馬(トド) (1989/01 新潮社) ★★★★

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緻密な取材による動物小説集。目立つ、寡男のもとへ転がり込む"わけあり"女性というパターン。

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単行本/『海馬(トド) (新潮文庫)』/没後10年記念復刊版

海馬(トド) (新潮文庫)  .jpg 吉村昭(1927-2006)が'78(昭和53)年から'88(昭和63)年の間に発表した7編の短編小説集で、単行本刊行は'89(平成元)年1月。新潮文庫改訂版の表紙タイトル脇に「動物小説集」とあるように(また目次の各タイトルに続いてに〈〉書きで動物名等がゴチック文字あるように)、いずれも動物が作品の背景やモチーフとなっていて、そうしたモチーフ(動物、またはそれを採ったり育てたりする行為)によって結びつく男女や家族を描いています。ただ、そうしたモチーフが、単なる机上の思いつきではなく、実際に現地に行ってその道の専門家に取材したものであり、動物の生態や習性が専門的なレベルで描かれていて、自然や生き物を相手に生活している人々への敬意が感じられ、また、そこで展開される人間ドラマの骨太の背景となっています。

うなぎ 05.jpg今村 昌平(原作:吉村 昭)「うなぎ」 (1997/06 日活) ★★★☆
 冒頭の「闇にひらめく」〈鰻〉は、妻の不倫現場を見て妻と相手の男を刺し、刑務所から出所後は、ヤスでウナギを突くウナギ採りに師事し、鰻屋を営むようになった男のもとへ、自殺未遂をした女性が転がり込んでくるという話で、今村昌平監督のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画「うなぎ」('97年/松竹)の原作としても知られている作品です。ウナギ採りの漁法などは、宇和島のウナギ漁の名人から聞いた話が元になっているとのことです。

 「砥がれた角」〈闘牛〉は、闘牛を育てる親子のもとへ家事手伝いの女がやって来る話で、これも宇和島で闘牛を飼う人物に取材しています。「蛍の舞い」〈蛍〉は、蛍を育てている男のもとに蛍に関心を示す女性がやってくる話で、九州で蛍を人工飼育している人に取材しています。「鴨」〈鴨〉は、鴨宿を経営する親子のもとに自殺未遂の経験のある女が手伝いでやって来る話で、新潟在住の鴨撃ちに取材しています。「銃を置く」〈羆〉は、北海道苫前町の羆撃ちの名人を主人公にした話で、名人が百頭の羆を倒して引退を決意したところへ新たに羆1頭が人里に現れるという話。「凍った眼」〈錦鯉〉は、錦鯉の養殖業を営む親子の話で、専門的な部分は養鯉(ようり)業者に取材しています。

 最後の「海馬」〈トド〉は、知床半島の羅臼の町で、トド撃ちに執念を燃やす老人と、町を捨てて上京した娘との確執を描いた話で、これも、かつて紋別に行ってトド撃ちの名手に取材したとものの、小説を書くに至らず、10年ぶりに改めて羅臼へ行ってハンターや船頭、動物カメラマンなどを取材して書かれたものであるとのことです。

 興味深いのは、これらの話の中で、地方に住む寡(やもめ)男またはそうした男とその息子の親子のもとへ、都会で暮らしていたことのある"わけあり"の女性が転がり込んでくるというパターンが多いことで、「闇にひらめく」「砥がれた角」「鴨」「海馬」がそれに該当し、「蛍の舞い」も"わけあり"ではないですが、それに近い形であることです。そして、何れも、寡男乃至その息子と、その転がり込んできた女性とが結ばれるであろうことを示唆して終わっています。

 そう言えば、相米慎二監督によって映画化された「魚影の群れ」('83年/松竹富士)は、妻に去られ娘と2人で暮らす青森・大間のマグロ猟師のもとへ、娘の都会育ちの恋人がマグロ猟師になりたいと言ってやってくる話で、これもちょっとこうしたパターンと似ています。

 今村昌平監督はこの中から「闇にひらめく」を選んで、自分なりに(かなり)アレンジしたわけですが、寡男のもとへわけあり女性が転がり込んでくるという話の枠組みは一応維持されていました。この作品を選んだのは、「砥がれた角」「鴨」「海馬」に比べて映画化し易かったというのもあるのかなあ? 

 寡男のもとへ転がり込む"わけあり"女性という、似たようなパターンが多いのに全く飽きさせない理由の1つは、動物をモチーフとした背景がそれぞれ異なるためであり、また、それらが緻密な取材に裏付けられているからであり、更には、男女の機微をさらっとした無駄のない筆致で描いているというのもその理由ではないかと思います。わざと、同じようなパターンを設定することで、背景である「動物」の部分を浮き立たせることを狙ったとも取れるかも。

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This page contains a single entry by wada published on 2016年9月23日 22:14.

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