【2263】 ◎ エドワード・P・ラジアー(樋口美雄/清家 篤:訳) 『人事と組織の経済学 (1998/09 日本経済新聞社) ★★★★☆

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経済学のアプローチにより人事を定量的に捉えた本。「人事は科学できる」!

人事と組織の経済学.jpg  Personnel Economics for Managers.png    Edward P. Lazear.jpg Edward P. Lazear
"Personnel Economics for Managers"(1997)
人事と組織の経済学』(1998/09 日本経済新聞社)

Edward P. Lazear2.jpg スタンフォード大学ビジネススクールのエドワード・ラジアー(Edward P. Lazear)教授による本書は、経済学のアプローチから人事制度を分析したものですが、"Personnel Economics for Managers"(1997)という原題からも窺える通り、学術書ではなくマネジャー向けの解説書として書かれています。

 著者は、前著"Personnel Economics"(The MIT Press,1995)において「人事経済学」というものを提唱しており、それは、「人事に関する政策や慣行は人間の関わることであり、どこにでも当てはまる一般的、客観的な解答などない」という考え方に対し、確かに具体的解決策はケースによって異なるが、それは企業の置かれた環境が異なるためであり、解決策を導き出すまでの思考方法は、一般的普遍性を持っているとの考え方に立って、人事制度や組織を分析するにあたって経済学の手法を用いることで、物理学や生物学と同じようにその「解」に辿りつけることを示したものであるようです(訳著がない!)。

 本書はそうした科学としての「人事経済学」というものを、企業における人事パーソンやマネジャーにも分かり易いように噛み砕いて解説したものと言えるかと思います。各章の冒頭には、人事に関する制度や施策についてのケース課題と、それに対する様々な立場からの意見を収めた会話が配されていて、人事の実務者の観点から見ても、おそらくそれらは、かつて自らがそうした議論の場に直面したことがあったかと思われるような具体的なテーマであり、また議論の分岐点でもあり、そうした問題の解明のプロセスにおいてはやや複雑な数式等が用いられたりはしているものの、少なくとも各章の導入部は、実務者が入り込みやすいものとなっているように思われます。

 第1章の序論では、人事担当者にとって極めて重要な話題であっても、「従業員の解雇の仕方」「労働組合との交渉術」「モラール低下の改善方法」「従業員に対するキャリア機会のカウンセリング方法」といった経済学的アプローチが不向きなものについては他の専門家に任せるとして、本書で扱っている主なトピックスは、求人および採用、転職、合理化、生産性向上のための動機づけ、チーム、年功制、評価、付加給付、権限、任務の割当などについてであると断っています。

 第2章では、「採用基準の設定」(高熟練労働者と不熟練労働者のトレードオフ、データが簡単に入手できないときの意思決定...etc.)、第3章では「適任者の採用」(自己選択、モニタリング・コスト及び労働者選別の詳細)について考察し、第4章では「労働者の生産性を知る」(非対称性情報と対称的無知...etc.)ということ、第5章では、「変動給与それとも固定給与?」(インセンティブ...etc.)ということについてそれぞれ述べ、第6章で「人的資本理論」(基本理論の概要、学校教育、職場における実地訓練...etc.)について解説しています。

 更に、第7章では「離職、解雇および希望退職」(企業特殊的人的資本...etc.)について、第8章では「情報、シグナル及び引き抜き」(シグナリング仮説...etc.)、第9章では「動機づけとしての昇進」(トーナメント・モデル...etc.)について解説し、第10章では「社内における利害行動」(トーナメントと競争...etc.)について考察しています。

『人事と組織の経済学』6.JPG 第11章では、「年功型インセンティブ制度」について考察し、第12章では、「チーム」(チームの活用、チームにおけるインセンティブ...etc.)について解説、第13章では「雇用関係についての再考」としてアウトソーシング、契約、フランチャイズなどについて考察し、第14章で「非金銭的報酬」、第15章で「付加給付」を取り上げています。「年功型インセンティブ制度」の章では、賃金と生産高が経験年数で逆転し、一定年齢以降は、企業は負債を負うことになるという、有名な「暗黙の負債と見返り」論(別名「ラジアーの理論」)が展開されています(この理論は、所謂「日本的経営」における年功賃金と長期的雇用の関係を説明する際にしばしば用いられることで知られている)。

 第16章「職務:課題と権限」では、人に職務を合せるのか、職務に人を合せるのかを考察し、また、第17章「評価」において評価の目的やルール、昇進かさもなければ退職か、などといった評価の使い道などについて考察し、最終の第18章では「労働者の権限強化」について経営者から労働者への意思伝達などの課題を取り上げています。

 このように、人事の重要課題の全てを扱っているわけではないとしながらも、広範な実務課題を取り上げており、また、一部において課題同士が重複・隣接しながらも、その取り上げ方において異なる視点を入れることなどもしています。

 個人的には、人事における極めて実務的な諸課題を、ちょうど物理学などでいうところの「思考実験」のような形で提示している点が興味深く思われました。また、著者は、「人事制度とはモチベーションとコストの両面から検討されねばならない」としていますが、経済学の手法を用いながらも、一般的推察が妥当と思われる範囲で心理学的要素や社会学的要素をも考察に織り込むことにより、そのことを実践しているように思われました。同時に、そうした考察を明快なロジックとして展開してみせることで、説得力のある内容となっているように思います(「人事は科学できる」!)。各章の章末には、そうして得られた「解」を要約して解説しており、これもまた示唆に富むものとなっています。

 600ページ近い大著ですが、各章は30ページ程度であるため、全体を通読した上で、関心のある項目について再度拾い読みしていくという読み方もあるかと思います。そうした読み方を通して、実際に人事パーソンが人事を巡る諸課題に直面した際に、課題の認識方法や解決法を探る上でのヒントとなる箇所も多いように思われます。その意味では、人事パーソンが是非とも手元に置いておきたい1冊であると言えます。

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