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古典的モチーフを扱いながら、クリスティの独特の"調理法"を見せている作品。
『書斎の死体 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『書斎の死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-16))』『書斎の死体 (1956年) (世界探偵小説全集)』「書斎の死体」(米国版表紙イラスト by Tom Adams)
ある朝バントリー元大佐の書斎で若い女性の死体が発見され、バントリー夫人はミス・マープルに調査を依頼する。警察が行方不明者を調べたところ、ガール・ガイド団員のパメラ・リーヴスと、ホテル・ダンサーのルビー・キーンの2人の若い女性が浮上する。ルビーはホテル専属ホステスで、ホテルに滞在中の大金持ちコンウェイ・ジェファソンに実の娘のように気に入られていて、コンウェイの遺言状でルビーに多額の遺産が遺されることになっていた。警察はルビーのいとこのジョセフィン・ターナーに死体を確認してもらい、死体はルビーであると―。一方、ミス・マープルがバントリー夫人とともに当のホテルに滞在して事件の謎解き始める中、ホテルから数キロはなれた石切場で車が炎上する事件が発生、中にはパメラ・リーヴスと思われる黒焦げの死体が―。
1942年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープル・シリーズの第2長篇で(原題:The Body in the Library)、ミス・マープル・シリーズとしては第1長編『牧師館の殺人』以来、十数年ぶりの刊行でした。クリスティ自身が序文で、昔からのミステリの定番として「書斎の死体」を挙げ、いつかこのモチーフの下に作品を書いてみたかったとしていますが、「書斎の死体」という古典的本格ミステリにありがちな設定でありながら、ごく自然に、関係者全員が容疑者になってしまうのが、クリスティならではの展開と言えます。
「書歳の死体」(フォンタナ版・1974年)イラスト:トム・アダムズ
警察の捜査で挙がった容疑者は、映画の仕事をして生活が派手で、いつも自宅で騒がしいパーティを開いているバジル・ブレイク、コンウェイの事故死した息子フランクの嫁アデレード・ジェファソン、同じ事故で死んだコンウェイの娘の婿でギャンブル好きで破産寸前のマーク・ギャスケル、ホテル・ダンサー兼テニスのコーチのハンサム男レイモンド・スター、マジェスティックホテルの客でルビーが行方不明になる直前に一緒にダンスを踊っていたジョージ・バートレット...(容疑者の人数に事欠かないね)。
「書歳の死体」(ハーパーコリンズ版)
Great Pan (1959)
以下、若干ネタばれになりますが、これは「死体入れ替え」トリックであり、犯人の狙いは最初からルビー・キーンであり、パメラ・リーヴスはそのトリック(アリバイ作り)を完成させるだけのために殺されるわけですが、犯人自身も(共犯者も)「書斎」で死体が発見されることは想定していなかったわけで、そういう事態に至った経緯には、いい加減な男のいい加減な行動が一枚噛んでいるわけね(だから犯人らの心中を察するに、彼ら自身「???」だったわけだ)。
まあ、いい加減と言えばいい加減だけど、普段からバントリー元大佐のことをよく思っていないにしても(そこを犯人に狙われた)、元々この男に罪はないわけで、気が動転してこうした突飛な行動をとったとも解釈でき、"偶然"を"自然に"噛ませて事件の謎を深めている所は、やはり上手いなあと思いました。
「書斎の死体」というのは、クリスティがこの作品を手掛けた時点で、すでに手垢のついたモチーフになりつつあったんだろうなあ(現代においても"定番"とは言い難い一方で、本格ミステリのジャンルで今でも時々ぶり返すように出てきたりもしているのはある種レトロ趣味か?)。敢えてそうしたモチーフを用いて、クリスティなりの独特の"調理法"を見せてくれている作品と言えます。
結構、"本格"? ポアロ・シリーズとは異なる、ミス・マープルが醸すのんびりした雰囲気の一方で、クリスティ作品の中でも意外と込み入っている方かも。読みながら簡単な家系図をメモると共に、時間軸に十分注意して読まれることをお勧めします。
「ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」 (84年/英) ★★★★
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」 (04年/英) ★★★☆
「クリスティのフレンチ・ミステリー(第9話)/書斎の死体」 (11年/仏) ★★★☆
【1956年新書化(高橋豊:訳)・1976年改版[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化(高橋豊:訳)[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化(山本やよい:訳)[クリスティー文庫]】