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ルポライターの書。病室で患者を診ている医師の視点とはまた異なった訴求力。
『まだ、タバコですか? (講談社現代新書)』 ['07年] 『禁煙バトルロワイヤル (集英社新書 463I)』 ['09年]
太田光と奥仲哲弥医師の『禁煙バトルロワイヤル』('08年/集英社新書)の後に読みましたが、『禁煙バトルロワイヤル』がどこまで本気で喫煙者にタバコを止めさせようとしているのか、よくわからない部分もあったのに対し、本書はストレートにタバコの害悪を説いた本(但し、あくまでも"害悪"について書かれていて、"止め方"を教示しているのではない)。
著者は医師ではなく映画助監督を経てルポライターになった人ですが、そのためか、タバコの健康上の害悪だけでなく、タバコの歴史や社会的背景、米国など海外の事情、タバコ製造会社とそれをとりまく内外の事情から、ポイ捨てタバコの環境への影響、新幹線の車内販売員の受動喫煙といったことまで、広範にわたって書かれています。
タバコが止められない原因を、身体的依存と心理的依存にわけているのは興味深かったですが、著者は心理的依存がかなり大きいと見ているようです(その論法でいくと、本書のような"知識"を提供するのが主体の本は、喫煙者の禁煙への直接的動機づけにはなりにくい?)。
タバコの身体への影響などの医学的な問題は、科学的なデータをもとにかなり突っ込んで書かれていて、相当の資料・データ収集の跡が窺えます。
タバコを吸うと頭が冴えると俗に言うけれど、ある予備校の浪人生の大学合格率が、喫煙者20%台、浪人中の禁煙成功者30%台、非喫煙者40%台だったという、その調査結果よりも、よくそんなデータがあったなあと感心してしまいました(この「冴える」という感覚と絶対的な「能力水準」との関係のカラクリも示している)。
病気との関係も、クモ膜下出血、アルツハイマー病(「喫煙はアルツハイマー病を予防する」というのは誤解に基づく俗説であると)、脳の老化から、肺がんなどのがんや気管支の疾患まで、特定の病気の専門医が書いたものよりも、むしろ広範に取り上げています。
本書には、IARCの調査(2004)で、喫煙者は非喫煙者に比べ、肺がんには15〜30倍、喉頭がんには10倍罹り易いとありますが、『禁煙バトルロワイヤル』に出ていた別の機関の調査では、肺がんには4.5倍、喉頭がんには32.5倍になっていて、喉頭がんの危険性の方が強調されていました。
但し、本書では、実際に喉頭がんに罹った人を取材していて、こちらの方が訴求力あるように思われ、更には『禁煙バトルロワイヤル』で「死ぬに死ねない」苦しい病気とされていたCOPD(慢性気管支炎や肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患の総称)についても、実際にそうした病気を抱えながら、生きて日々の生活を送っている人を複数取材しています。
喫煙の危険性を世に訴えるために取材に協力した、そうした人々の生活の実際に踏み込んで取材しているため、病室で患者を診ている医師の視点とはまた異なった訴求力を持ったものになっているように思いました。
米国で、タバコの健康に対する悪影響について、タバコ会社内で研究結果の隠蔽が行われたことが、司法上の問題になった事例が取り上げられていますが、著者は、日本専売公社の元研究員への取材から、日本において政府官庁から、そうした研究に対して同様の圧力があったことを示唆しています。
著者も指摘するように、JTの筆頭株主は財務省(全株式の50%を保有)であり、こうした構図が変わらない限りは、著者流に言えば、国民を"騙し続ける"体質は変わらないのではないかと。