【1015】 ◎ エーリッヒ・ケストナー (高橋義孝:訳) 『飛ぶ教室 (1950/04 実業之日本社) ★★★★☆ (○ イヴ・ロベール 「わんぱく戦争」 (61年/仏) (1963/03 日本ヘラルド映画) ★★★☆)

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学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、改めて考えさせられる作品。

飛ぶ教室 実業之日本社.gif KÄSTNER ERICH Das fliegende Klassenzimmer.jpg  飛ぶ教室 岩波全集版.gif  新訳『飛ぶ教室』.jpg Kästner, 1970.jpg
実業之日本社['50年]/原著(Das fliegende Klassenzimmer)/『飛ぶ教室 (ケストナー少年文学全集 (4))』岩波書店['62年]/『飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)』 Kästner,1970年 (80歳)

『飛ぶ教室』yousyo.jpg 1933年発表のドイツのエーリッヒ・ケストナー(1889‐1974)の代表的児童文学で、舞台はクリスマス間近のライプチヒの寄宿学校ですが(クリスマスに上演する芝居のタイトルが 「飛ぶ教室」というもの)、寄宿学校の級友5人と舎監の「正義先生」、先生のかつての親友で、今は世捨て人のような暮らしを送る「禁煙先生」らを巡ってのお話は、ケストナー作品の中でも、と言うより児童文学全体でも有名。

"Das Fliegende Klassenzimmer"

 実業之日本社版('50年)は、岩波の全集版('62年)と同じく高橋健二訳で、版型や紙質は異なりますが、表紙のトーンや挿絵にワルター・トリヤーの絵を用いている点は同じです。但し、岩波版の方が行間を広くとってルビがふられていて、読みやすいかも(行間が広い分だけ本の形が真四角に近いが、原著の版型を忠実に再現したのか?)。

わんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争.jpg飛ぶ教室 映画.jpg 映画化もされていますが('03年/独)未見であり(原作とかなり違ったストーリーになっているらしい)、原作の寄宿学校の生徒が地元の実業学校生と対立関係にあって拉致された仲間を取り戻すために果し合いをやるところなどは、隣り合う2つの村の少年グループが互いの服のボタンを奪い合って争うイヴ・ロベール監督の「わんぱく戦争」('61年/仏)を想起しました。

 「わんぱく戦争」の原題は「ボタン戦争」で、2つの村の子供たちは真剣に戦争をしていて、敵の捕虜になると着ている服のボタンが剥ぎ取られ、時には服もズボンも奪われて、泣く泣く仲間たちの所へ戻らなければならない―でも、陰湿な感じが全く無く、観ていて何となく微笑ましい気分になり、子供独自の世界がほのぼのと描かれていたように思いました。

「わんぱく戦争」1981年「テアトル銀座」公開時チラシ

テアトル銀座 .jpg地下にあったテアトル銀座.jpgテアトル銀座 1946.jpg「わんぱく戦争」●原題:LA GUERRE DES BOUTONS●制作年:1961年●制作国:フランス●監督:イヴ・ロベール●脚本:フランソワ・ボワイエ●撮影:アンドレ・バック●音楽:ジョセ・ベルグマン●原作:ルイ・ペルゴー●時間:95分●出演:アンドレ・トレトン/ジャン・リシャール/ミッシェル・イセラ/アントワーヌ・ラルチーグ●日本公開:1963/03●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:テアトル銀座 (81-05-04)(評価:★★★☆)●併映:「リトル・プレイボーイ/チャーリー&スーピー ラブ・タッチ作戦」(マヌエル・サマーズ)
テアトル銀座 (1946年オープン、「テアトル東京」オープン後、その地階に) 1981年8月31日閉館

 フランスもドイツも同じだなあと。日本でもかつては、どこにでもこうした子ども同士の"戦争"があり、"秘密基地での作戦会議"などは誰もが経験したことだったと思うけれど、最近はどうなのでしょうか(よその子の服やズボンを奪ったりしたら訴訟問題になりかねない?)。

 『飛ぶ教室』は、物語としては、仲間を取り戻すために果し合い(表紙に描かれている)が前半のクライマックスだとすれば、お金が無くて帰省できないでいる主人公のマルチンに「正義先生」が手をさしのべるのが後半のクライマックスと言えるかと思いますが、その間にも、弱虫ウリーが勇気を見せようと体操梯子から落下傘降下した事件や(この件に関する「禁煙先生」のコメントがいい)、子どもたちの「正義先生」を「禁煙先生」に引き合わせるための奔走ぶりなど、じぃーんと来る山場が多い作品。

 先生も生徒も出来すぎ?(「正義先生」というネーミングからしてストレート)との感じもしますが、貧しかった作者自身経験からの、自分の寄宿生時代にこんな先生がいてくれたらという想いや、この作品の執筆時点での台頭するナチズムの中での自由についての想いが込められていると考えれば、理想主義的な作りになるのはわかるし、かえって素直に感動できます。

 登場する少年たちは、芝居の発表会とクリスマス休暇へ向けての慌しい中、1つ1つの出来事を通して日々大人になっていく感じがし、日本の小学校高学年にあたる年齢ですが、最近の日本の小学生は中学受験の方でで忙しかったりするわけで、学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、こうした時代だからこそ改めて考えさせられる作品でもあります。

 【1950年単行本[実業之日本社]/1962年単行本[岩波書店「ケストナー少年文学全集 (4)」]・2006年文庫化[岩波少年文庫]/1968年単行本[ポプラ社]・1986年再文庫化[ポプラ社文庫]/1978年単行本[偕成社]/1983年再文庫化・2006年改版[講談社文庫]/1987年単行本[講談社]・1992年再文庫化[講談社「青い鳥」文庫]/1990年・2003年単行本[国土社]/2005年再文庫化[偕成社文庫]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫]】

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