【654】 ○ フセーヴォロド・ガルシン (神西 清:訳) 『紅い花 他四篇』 (1937/09 岩波文庫) ★★★★

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道徳観念や社会批評に裏打ちされた人間味溢れる作品群。

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紅い花 他四篇 (岩波文庫)』['37年]『赤い花・信号 他 (旺文社文庫)』['68年] 『ガルシン短篇集 (福武文庫)』〔'90年〕 電子書籍版 『ガルシン短篇集・赤い花』〔'06年〕フセヴォロード・ミハイロヴィチ・ガルシン (Всеволод Михайлович Гаршин, 英:Vsevolod Mikhajlovich Garshin、1855‐1888/享年33)

 1886年に発表されたロシアの作家フセーヴォロド・ガルシン(1855‐1888)「赤い花」は、癲狂院(精神病院)に連れてこられた患者が病院の庭に咲き誇る罌粟(けし)の花を悪の化身と感じ、それを全て摘み取ることが自分の義務だと思い込んで、その「悪」との闘いに身を滅ぼすというもので、シュールなモチーフでありながら自らの精神病院の入院体験がベースになっているだけに、狭窄衣や薬物を用いての患者の扱われ方などの描写はリアルです。

 戦場で負傷し、自らが殺したトルコ人の男の死体と共に過ごした時間を描いた「四日間」も、1877年の露土戦争に参戦して負傷した経験がベースになっていて、腐乱していく死体の傍から動けないという不気味な状況下での兵士の切実な叫びが伝わってきますが、ここで、作者が「赤い花」の狂人に対してもその心の叫びに共感的であり、その良心を認めていたことに気づかされました。 

 そして、2人の鉄道の信号番の男の交わりを描いた「信号」は、その「良心」というものがテーマになっている最もヒューマン・タッチな作品で、しかも最後までハラハラさせられ堪能できます。

 他に、虫たちを主人公とした「夢がたり」、植物を主人公とした「アッタレーア・プリンケプス」などの寓話的物語も、ユーモアの中に社会批判を込めて秀逸で、全体を通してこの作家の柔軟な知性を感じます。

 作者ガルシンは、5歳ぐらいから古典を読みこなし将来は医者を目指す秀才でしたが、17歳で最初の精神病発作を起こしてその後生涯において何度も精神病院への入退院を繰り返し、精神病の発作の恐怖から33歳で自殺に追い込まれています。

あかい花.jpg 彼の精神病は、遺伝的なものと強すぎる感受性に起因するものだったようですが、作品自体は精緻で無駄がなく、しかも真っ当な道徳観念や社会批評に裏打ちされた人間味溢れるものであると思います。

岩波文庫(旧版) 『あかい花 他四篇』
                
 【1937年文庫化・1959年・2006年改版[岩波文庫]/1968年再文庫化[旺文社文庫(『赤い花・信号』)]/1990年再文庫化[福武文庫(『ガルシン短篇集』)]/2006年電子書籍版〔グーテンベルク21(『ガルシン短篇集・赤い花』)〕】

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