【418】 ○ 大岡 昇平 『野火 (1952/02 創元社) ★★★★

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「戦争文学」であり「実験小説」。極限状況における「私」の意識を克明に描く。

野火 創元社.bmp 野火.jpg 野火(のび) (新潮文庫).jpg 大岡昇平.jpg 大岡 昇平 (1909‐1988/享年79)
野火 (1952年)』 創元社 『野火 (1954年) (新潮文庫)』『野火 (新潮文庫)』〔改版版〕

 1951(昭和26)年・第3回「読売文学賞」受賞作。

 敗色濃厚のフィリピン・レイテ島戦線で、結核に冒された田村一等兵は、野戦病院が食糧を持たない患者は受け入れないため、本隊から若干の芋を受け取り病院周辺にたむろする同じ境遇の兵士たちといるとき、病院から火事が出て、行くあてもなく野火の広がる原野をさまよい歩くが、そこで多くの屍体に遭遇し、飢えた兵士たちや気が狂った将校にも会う。将校は、死の寸前に、「俺が死んだら、ここを喰べていいよ」と自分の腕をさして言うが、実際に多くの兵隊たちが飢えに勝てず、敵味方の屍体に手を伸ばしている状況である。彼はやがて敗残兵と合流し、食料として「猿」の乾燥肉を与えられる―。

莫邦富.jpg 親日派ジャーナりストの莫邦富(モー・パンフ)氏は、出会う日本のメディア関係者にいつも本作を読んだことがあるか聞くそうですが、今まで誰一人として読んだという人はいないそうで(う〜ん、ホントに全員に訊いたのかな?)、「先日、やってきた東大の院生たちにも聞いてみたが、全員、首を横に振った。帰りぎわ、一人は私に確認した。『オーオカショーヘーという人は中国人ですか』」と書いています('06年8/19朝日be版「『野火』を読みましたか」)。これはヒドイ。

 大岡昇平(1909‐1988)は反戦作家だと思うし、初稿が'48年、改稿が'51年に発表されたこの作品は、紛れもなく日本を代表する「戦争文学」だと思いますが、一方で、スタンダール研究家でもあった作者の「実験小説」でもあるような印象を受けました。

 俘虜記』('52年/創元社)の冒頭の「捉まるまで」と本作は執筆時期が重なり、同じ一人称で書かれたものでありながら、過去の回想として書かれている『俘虜記』よりも、本作はより克明に"今"の「私」の意識の流れを追っていて、「私」の意識を作者が作品として対象化しているというより、むしろ"今"の「私」の意識の中に作者が入り込んでいるような感じで、死と対峙する極限状態にありながらも、「私」の意識には、どこか冷静な諦観のようなものがあるような気もしました。

 カニバリズムがモチーフになっている点で武田泰淳の『ひかりごけ』と対比されますが(2人の親交はよく知られている)、本作の主人公は、結局、人肉を食べることをせず、これは、極限状況における人間としての尊厳とも矜持ともとれるし、その前に彼が無辜の民を殺害していることからくる罪の意識の反映ともとれます(殺人よりもカニバリズムの方が"悪"であるというという価値観の序列を表しているのではない)。

 『俘虜記』の「捉まるまで」にも関連するテーマですが、神を持たない日本人も、極限状況において神的なものを見出すことがあるのではないかという問いかけにもなっている気がし、これだけ多重的に深いテーマを示しているだけに、主人公が最後に精神病院に入っていることになっているという設定には、個人的にはやや不満が残ります。

 【1953年文庫化[創元文庫]/1954年再文庫化[新潮文庫]/1955年再文庫化・1970年改版[角川文庫]/1972年再文庫化[講談社文庫]/1985年再文庫化[旺文社文庫]/1988年再文庫化[岩波文庫(『野火・ハムレット日記』)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2006年9月 9日 17:27.

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