【521】 ○ 安岡 章太郎 『私の濹東綺譚 (1999/06 新潮社) ★★★☆

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著者の『濹東綺譚』への思い入れが伝わってくる文芸評論的エッセイ。

安岡 章太郎 『私の濹東綺譚』.jpg私の 東綺譚.jpg  ぼく東綺譚.jpg
『私の濹東綺譚』(1999/06 新潮社)/『私の濹東綺譚』新潮文庫〔'03年〕/永井荷風『濹東綺譚』新潮文庫

 安岡章太郎が永井荷風の『濹東綺譚』への想いを込めて書き綴った文芸評論的エッセイで、'97年から'98年にかけて「Web新潮」に連載されたものを単行本化したもの。

「墨東綺譚」の挿画(木村荘八).jpg 横光利一の『旅愁』の毎日新聞での連載がスタートしたのが昭和12年4月13日で、永井荷風の『濹東綺譚』は、その3日後に朝日新聞での連載が始まったのですが(作者自身は前年に脱稿していた)、鳴り物入りで連載スタートしたヨーロッパ紀行小説『旅愁』(挿画は藤田嗣治)が、玉の井の私娼屈を舞台にした『濹東綺譚』(挿画は木村荘八)の連載が始まるや立場が逆転し、読者も評論家も『濹東綺譚』の方を支持したというのが面白かったです(荷風にしても、欧米滞在経験があり、この作品以前に『ふらんす物語』『あめりか物語』を書いているわけですが)。横光は新聞社に『旅愁』の連載中断を申し入れたそうですが、これは事実上の敗北宣言でしょう。

朝日新聞連載の『濹東綺譚』の挿画(木村荘八).

 『濹東綺譚』連載時、安岡章太郎はまだ中学生で、初めてこの作品を読んだのが二十歳の時だったそうですが、安岡の資質から来るこの作品への親近感とは別に、安岡にとってこの作品が浅からぬ因縁のあるものであることがわかりました。

 『濹東綺譚』の〈お雪〉のモデル実在説に真っ向から反駁しているのが作家らしく(モデルがいたから書けたという、小説とはそんな単純なものではないということか)、なぜ玉の井を舞台にした作品は書いたのに吉原を舞台にした作品は書かなかったのか(荷風は吉原の"取材"は精力的にしていた)、『濹東綺譚』の最後にある「作者贅言」の成り立ちやその意味は?といった考察は興味深いものでした。

 挿入されている新聞連載時の木村荘八の挿画や当時の玉の井界隈の写真などが、何か懐かしさのようなものを誘うのもいいです。

 【2003年文庫化[新潮文庫]】

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【522】 ◎ 山岸 凉子 『日出処の天子 (全8巻)』 (1986/03 角川書店・あすかコミックス・スペシャル) ★★★★☆ is the next entry in this blog.

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