【2996】 ○ 椎名 誠 『ハマボウフウの花や風 (1991/10 文藝春秋) ★★★☆ (○ 「倉庫作業員」―『ハマボウフウの花や風』 (1991/10 文藝春秋) ★★★★)

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作者の作品の中では純文学に近い部類?「倉庫作業員」が一番すっきりして気持ちいい。

IMG_20210224_063002.jpgハマボウフウの花や風200_.jpg  『息子』1991.jpg
ハマボウフウの花や風』  山田洋次監督「あの頃映画 「息子」 [DVD]

 作者が'89年から'90年くらいにかけて発表した短編を集めたもので、表題作の「ハマボウフウの花や風」のほか、「倉庫作業員」「皿を洗う」「三羽のアヒル」「温泉問題」「脱出」の全6編を収録。作者の若い頃の経験も含め、いろいろな仕事に携わる人、いろいろな生き方を選ぶ人が描かれていたように思います。
山田 洋次 (原作:椎名 誠)「息子
」 (1991/10 松竹) ★★★☆
映画 息子.jpg 「倉庫作業員」...... 大学を中退した浅野は、まとまった金を作るために日雇い労働をしていたが、より安定した仕事を求めて「紅谷金属」という伸銅品問屋に臨時社員として就職する。そこには、倉庫長の20代後半位の成田、16歳の若さのアキ、おっさんこと辻村、浅野と同い年位の三沢などの面々がいた。ある日浅野は、運送会社の運転手タキさんと取引先の「新光プラス」へ納品に行った際に、その会社の事務員の美しさに惹かれ、誘うが笑うだけで返事がない。そこで、彼女に手紙を書いて渡す。後で分かったことだが、彼女の名前は川島征子、彼女は話したり聴いたり出来ない聾唖者だった―。すっきりとして気持ちのいい短編(評価:★★★★)。山田洋次監督がこの作品をもとに永瀬正敏、和久井映主演で映画「息子」('91年/松竹)を撮っています(いや、あの映画、主演は浅野の父親を演じた三國連太郎だったか。おっさんをいかりや長介、タキさんを田中邦衛が演じている)。

 「皿を洗う」...... 写真学校に通う21歳の僕はイタリアンレストランで皿洗いのアルバイトをしている。そこには、学生の竹本と辻田、ミュージシャン志望の通称ジャム、司法書士めざす田津浜、四十代半ばイタリア人の調理人パウロ、三十才前後で菓子作り担当のパウロの日本人妻ヨーコなどがいた。ぼくは、一つ年上の女・直子と付き合っている。ある日、ヨーコと田津浜が駆け落ちしたようだ。店に三島由紀夫を来たのを覗き見し、その後三島は割腹自決することに―。東京写真大学(現・東京工芸大学)の学生だった作者自身が20歳の頃、六本木のイタリアンレストランで皿洗いのアルバイトをしていた時の経験が元になっているようです。ノスタルジー小説か(★★★☆)。

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あひるのうたがきこえてくるよ。.jpgあひるのうたがきこえてくるよ。cd.jpg 「三羽のアヒル」... 都内の中学で国語教師をやってた梶良介(45才)は、当時流行ったブラックバス釣りのため山上の湖に住みついた。家賃1万円、生活費1万円の暮らしだが、田舎暮らしというのは、のんびりしていそうで結構忙しいということを知る。野菜を作ってもそれが大きくなることに感動し、楽しい楽しいと言っている内に花が咲いて食べる時期を逃してしまう。ボートで釣りをするのが日常だったある日、世話人から三羽のアヒルの子を貰い受けるが、アヒルの子たちは水に入ろうとしないし、自分で餌を獲ることも知らない。こうして自分のことを親だと思うアヒルたちを躾ける生活が始まる―。カヌーイストの野田知佑氏が作者に話した話がベースになっているようで、作者自身が監督し、柄本明主演で「あひるのうたがきこえてくるよ。」という映画になっているようですが未見。でも、何となくしみじみとしたいい話でした(★★★☆)。

 「ハマボウフウの花や風」...... 水島圭一は、昔ケンカに明け暮れていた故郷の舞浜を19年ぶりに訪れ、かつて想いを寄せた同級生・吉川美緒と再会する。小さな海辺の町で水島らが虚しく熱く暴れ回っていた、忘れられない青春時代の記憶だった。当時たくさんの味方があり敵があった。味方の赤石哲夫、吉野耕三、左眼が義眼のビーズ屋・仙一、対峙する敵方の首領はダボ常。昔話と彼らのその後について話しが続く。皆に今は今の暮らしがあり、美緒と付き合っていた赤石は今は日本にはいない―。これものノスタルジー小説で、表題作であると同時に作者唯一の直木賞候補作ですが、選考委員の多くが指摘したように、回想譚に(しかも、後日譚があるため二重の過去形に)なっている分インパクトが弱く、モチーフも既存小説にありがちなパターンで、群を抜くほどの作品でもないと思いました(評価:★★★)。

 「温泉問題」...... ライターの西田は写真家のつるさんとが八丈島に取材に行く。そこでいろいろな人に会い、いろいろな経験をする―。紀行文みたいな小説ですが、小説の中にあるもう一つの温泉の話が面白かったです。東北花巻に近い山の温泉宿での話で、混浴温泉に身体つきから30代くらいと思わる女性が入ってきたが...。あり得る話かもなあ。でも、これも物語の中で話になっているので、ややインパクトが弱かったかも。作者は同じモチーフでSFも書いたりしますが、じれもSF版があったように思います(★★★☆)。

 「脱出」...... 大学受験浪人生の信二には思うところがあり、暫く一人で自活しながら受験勉強したいと家を飛び出す。偽名を使って芦ノ湖の旅館相手の雑貨店での住み込みの仕事に就き、仕事が慣れるまではつらかったものの耐え、仕事のために運転免許を取得しようとした。ところが―。'70年の大阪万博の頃の話で、当時の地方都市でありそうな話。これもちょっと地味かなあ(★★★)。

 作者の作品の中では純文学に近い部類かも。全体にそう悪くはないのですが、経験に即して描こうとしているのか、リアリティはあるけれどドラマ性が薄いかもしれません。そうした中、冒頭の「倉庫作業員」が、一番良かったように思うし、山田洋次監督が選びそうな作品だなあという感じもしました。

【1994年文庫化[文春文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2021年2月21日 00:09.

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