【2902】 ○ ギ・ド・モーパッサン (青柳瑞穂:訳) 『モーパッサン短編集Ⅰ (1971/01 新潮文庫) ★★★★

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短編の中から「田舎もの」を集めたもの。滑稽譚や不倫話が多いが全体におおらか。

モーパッサン短編集(一) (新潮文庫).jpgモーパッサン短編集(一) (新潮文庫)ジュールおじさん.jpgジュールおじさん (1967年) (旺文社文庫)

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)の文学活動は30歳から40歳までで、その10年間に360余編の短・中編小説、7巻の長編小説、3巻の旅行記、2つの詩集、1巻の詩、計29冊の作品を生んでいるとのことです。この新潮文庫の翻訳シリーズは(かつて6分冊だったものを改編したものだが)、360編の短・中編から代表作65編を抽出し、それを、郷土ノルマンディをはじめその他の地方に取材した「田舎もの」を集めた第1巻、パリ生活を扱った「都会もの」を集めた第2巻、自身も従軍した普仏戦争を扱った「戦争もの」と、超自然現象を取材した「怪奇もの」を集めた第3巻の3冊に分けて収めています。

 第1巻は、1885年刊行の短編集『トワーヌ』所収の「トワーヌ」ほか、「酒樽」(1884年)、「田舎娘のはなし」(1881年)、「ベロムとっさんのけだもの」(1886年)、「紐」(1884年)、「アンドレの災難」(1884年)、「奇策」(1882年)、「目ざめ」(1882年)、「木靴」(1883年)、「帰郷」(1885年)、「牧歌」(1884年)、「旅路」、「アマブルじいさん」(1886年)、「悲恋」(1884年)、「クロシュート」(1887年)、「幸福」(1885年)、「椅子なおしの女」(1883年)、「ジュール叔父」(1884年)、「洗礼」、「海上悲話」、「田園悲話」、「ピエロ」、「老人」(1885年)の24編を収めています(カッコ内は何れも短編集の一編として刊行された年)。

クロード・シャブロル 酒樽2.jpg 「トワーヌ」は、脳溢血で寝たきりになった男が、家族に邪険にされながらも寝床で鶏の卵を孵すことに歓びを見出すようになる話(残酷な中にも救いがある?いや、やっぱり残酷?)。「酒樽」は、貪欲な男が老女から屋敷を手に入れようとするが、老女がいつまでも元気でいるため、酒を持ち込んでアルコール中毒にして死なせてしまうという話(これこそ残酷か)で、2007年にクロード・シャブロル監督によりテレビドラマ化されています。「田舎娘のはなし」は、下男に妊娠させられた女中娘が、男に逃げられた後で子を産み、何年か後に今度は主人から強引に求婚されて子供がいることは伏せていたら...(この主人は鷹揚だったなあ)。

 「ベロムとっさんのけだもの」は、ある男が耳の中にけだものがいるといって大騒ぎする典型的な滑稽譚で、耳の中にいたのは...。「紐」はある男が道で紐を拾っただけなのに他人の財布拾ってくすねたと疑われ、最期は憤死してしまう話(同じ滑稽譚でも結末は哀しい)。「アンドレの災難」は、不倫の最中に子供が泣き止まず...不倫相手の男がとった行動とは?(児童虐待ホラーだったなあ。現代にも通ずるか)。

 「奇策」は、妻が自宅で不倫行為中に(また不倫かあ)相手が突然死し、もうすぐ夫が帰ってくると混乱する中、連絡を受け駆け付けた医者がとった"奇策"とは(いざという時はご相談ください...か)。「目ざめ」は、性愛に目ざめた妻が二人の若い男と不倫するが(またまた不倫)...この辺り、モーパッサンは結婚に対して悲観主義だったのではないかと思わせます(実生活でも、女友達はいたが結婚は生涯していない)。「木靴」は、女中に出た先で主人の言うことを何でも聞いているうちに妊娠してしまった田舎娘の話(「木靴をごっちゃにする」という表現が面白い)。

 「帰郷」は、船乗りの亭主が船が遭難したらしくて戻らず、女は2人の子供を10年育てた後に再婚、3年の間にさらに2人の子供をもうけたが、ある日、知らない男に家を覗かれているように感じる―(マルグリット・デュラス原作、アンリ・コルピ監督の「かくも長き不在」を想起させられた)。「牧歌」は、汽車の車中で乳が張ってしまった女を楽にさせてやるためにその乳を吸ってやった男が最後に言った言葉が傑作。「旅路」は、かつて汽車の旅の途中に逃亡中の見知らぬ男を匿ったことがあるロシア貴婦人は、今は不治の病の床にあるが、そこへ彼女を訪ねてくるが彼女には会わない青年が...(究極のプラトニックラブ。美男子は得か?)。

 「アマブルじいさん」は、主人公が息子の死と貧困のため希望を失って自殺する話ですが、残酷な話である一方で、ノルマンジィの農村の風俗が描かれていて、どこか牧歌的でもある作品。「悲恋」(訳本によっては「ミス・ハリエット」)は、年増のイギリス人女性の秘められた恋情と残酷な最期の話(残酷な話が多いなあ)。「未亡人」「クロシュート」「幸福」も同じ系列と言えるかも。

ジュールおじさん (1967年) (旺文社文庫)
ジュールおじさん.jpgMon oncle Jules.jpgMon oncle Jules .jpg 「椅子なおしの女」は、これも不幸な女の話。でも彼女は死ぬまで恋をしていた...(精神的な恋愛と世俗的な物欲の対比が際立っている)。「ジュール叔父」(Mon oncle Jules)は、そう豊かではない一家の希望は、外国で一旗あげて郷里に帰ってくるはずの父の弟ジュール叔父だったはずが...(これも皮肉譚。牡蠣を剥いているというのが何とも言えない)。「洗礼」は、子供の洗礼式で司祭がとった驚きの行動とは...。自分の人生の欠落を認識するのって辛いだろなあ(これって妻帯不可のカトリック司祭なんだろなあ。なんで司祭になんかなったのだろう)。

 「海上悲話」は、トロール船の事故で腕を切断せざるを得なかった男が自分の腕の"葬式"をやるという滑稽なオチですが、最後に自分の腕よりも船の方を大事にした兄への恨みが出てきて、やりこれも"悲話"か。「田園悲話」は、貧しい夫婦が子供のいない金持ちに子供を売ることを迫られ断るも、代わりに子供を売った隣家が、成長した子供が立派になって戻ってきて、自分たちの子供は親に恨みつらみを言うという...。「ピエロ」「老人」も同じく、農民の貪欲がテーマであり、貧しさを美化することなくそのまま貪欲に結び付けているところが、このあたりの作品の特徴でしょうか。

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