【2346】 ◎ 丸山 宗利 『昆虫はすごい (2014/08 光文社新書) ★★★★☆ (○ 岡島 秀治 『4億年を生き抜いた昆虫 (2015/06 ベスト新書) ★★★★)

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昆虫たちの驚くべき「戦略」。読み易さの『昆虫はすごい』、写真の『4億年を生き抜いた昆虫』。

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昆虫はすごい (光文社新書)』『4億年を生き抜いた昆虫 (ベスト新書)

 『昆虫はすごい』('14年/光文社新書)は、人間がやっている行動や、築いてきた社会・文明によって生じた物事 は、狩猟採集、農業、牧畜、建築、そして戦争から奴隷制、共生まで殆ど昆虫が先にやっていることを、不思議な昆虫の生態を紹介することで如実に示したものです。昆虫たちの、その「戦略」と言ってもいいようなやり方の精緻さ、巧みさにはただただ驚かされるばかりです。

 ゴキブリに毒を注入して半死半生のまま巣穴まで誘導し、そのゴキブリに産卵するエメラルドセナガアナバチの"ゾンビ"化戦略とか(p46)、同性に精子を注入して、その雄が雌と交尾を行う際に自らの精子をも託すというハナカメムシ科の一種の"同性愛"戦略とか(p84)、アブラムシに卵を産みつけ、そのアブラムシを狩りしたアリマキバチの巣の中で孵化してアブラムシを横取りして成長するエメラルドセナガアナバチ7.jpgハチの仲間ツヤセイボウの"トロイの木馬"戦略とか(p93)、その戦略はバラエティに富んでいます。カギバラバチに至っては、植物の葉に大量の卵を産み、その葉をイモムシが食べ、そのイモムシをスズメバチが幼虫に与え、そのスズメバチの幼虫に寄生するというから(p94)、あまりに遠回り過ぎる戦略で、人間界の事象に擬えた名付けのしようがない戦略といったところでしょうか。

ゴキブリ(左)にエメラルドセナガアナバチ(右)が針を刺し麻痺させ、半死半生のゾンビ化させ、巣に連れて行き、ゴキブリの体内に産卵する。子が産まれたらそのゴキブリを食べる。

 こうしてみると、ハチの仲間には奇主を媒介として育つものが結構いるのだなあと。それに対し、アリの仲間には、キノコシロアリやハキリアリのようにキノコを"栽培"をするアリや(p144)、アブラムシを"牧畜"するアリなどもいる一方で(p154)、サムライアリを筆頭に、別種のアリを"奴隷"化してしまうものあり(p173)、メストゲアリ7.jpgいわば、平和を好む"農牧派"と戦闘及び侵略を指向する"野戦派"といったところでしょうか。トビイロケアリのように、別種の働きアリを襲ってその匂いを獲得して女王アリに近づき、今度は女王アリを襲ってその匂いを獲得して女王に成り代わってしまう(p178)(トゲアリもクロオオアリに対して同じ習性を持つ)という、社会的寄生を成す種もあり(但し、いつも成功するとは限らない)、アリはハチから進化したと言われていますが、その分、アリの方が複雑なのか?(因みにシロアリは、ゴキブリに近い生き物)。
クロオオアリの女王アリ(左)に挑みかかるトゲアリの雌(右)。クロオオアリの働きアリに噛み付き、匂いを付けて巣に潜入。女王アリを殺し、自分が女王アリに成り代わる。

 著者の専門はアリやシロアリと共生する昆虫の多様性解明で、本書は専門外の分野であるとのことですが、ただ珍しい昆虫の生態を紹介するだけでなく、それらの特徴が体系化されていて、それぞれの生態系におけるその意味合いにまで考察が及んでいるのがいいです。そのことによって、知識がぶつ切りにならずに済んでおり、誰もがセンス・オブ・ワンダーを感じながら楽しく読み進むことができるようになっているように思います。

4億年を生き抜いた昆虫_pop0.jpg 『4億年を生き抜いた昆虫』('15年/ベスト新書)は、カラー写真が豊富なのが魅力。本文見開き2ページとカラー写真見開き2ページが交互にきて、やはり写真の力は大きいと思いました。

 『昆虫はすごい』と同じく、昆虫とは何か(第1章)ということから説き起こし、第2章で昆虫の驚くべき特殊能力を、第3章で昆虫の生態を種類別に解説していますが、第3章が網羅的であるのに対し、第2章が、奇妙な造形の昆虫や、人間顔負けの社会性を持つ昆虫、"一芸に秀でた"昆虫にフォーカスしており、この第2章が『昆虫はすごい』とほぼ同じ趣旨のアプローチであるとも言えます。その中には、「クロヤマアリを奴隷化するサムライアリ」(p69)とか「ゴキブリをゾンビ化するエメラルドセナガアナバチ」(p92)など、『昆虫はすごい』でもフューチャーされていたものもありますが、意外と重複は少なく、この世界の奥の深さを感じさせます。

 著者は昆虫学、生物多様性・分類、形態・構造が専門ということで、『昆虫はすごい』の著者に近い感じでしょうか。『昆虫はすごい』の著者によれば、昆虫に関する研究も最近は細分化していて、「昆虫を研究している」という人でも、現在では昆虫全般に興味の幅を広げている人は少ないとのこと。いても、自分の専門分野に関係するものに対象を絞っている場合が殆どで、中には「事象に興味があっても虫には興味が無い」と浅学を開き直る学者もいるそうな。そうした中、"虫好き"の精神とでも言うか心意気とでも言うか、センス・オブ・ワンダーをたっぷり味あわせてくれる本が世に出るのは喜ばしいことだと思います。

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