【2308】 ○ 貴田 庄 『小津安二郎と映画術 (2001/08 平凡社) ★★★★

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"比較"映画監督論。双葉十三郎の日本映画「風物病」論が興味深かった。小津作品が見飽きない理由は...。

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小津安二郎と映画術』(2001/08 平凡社)

 貴田 庄(きだ しょう、1947- )氏の『小津安二郎のまなざし』('99年/晶文社)、『小津安二郎の食卓』('00年/芳賀書店、'03年/ちくま文庫)に続く3冊目の小津安二郎に関する本であり、著者はその後も小津安二郎に絡めた本を何冊か著していますが、「映画術」とタイトルにあるように、本格的な映画評論(映画監督論、更に言えば"比較"映画監督論)になっているように思います。と言って、肩肘張って読むような硬いものでもなく読み易いです。

 最初に出てくるのが衣笠貞之助の話で、衣笠貞之助が俳優(女形)から映画監督になったことを紹介しており、更に、黒澤明や溝口健二が画家を目指していて映画監督に転じたことを紹介、それに対して小津安二郎や木下恵介は写真から映画に入っていったことを紹介しています。

 以下、章ごとにそれぞれ、溝口健二、エルンスト・ルビッチ、五所平之助、清水宏、成瀬巳喜男、島津保次郎、木下恵介、アラン・レネ、加藤泰、黒澤明といった映画監督を一定の角度から取り上げながら、最終的にはそれに絡めて小津安二郎に触れるという形をとっています。その章の最初から小津安二郎について語られることもあれば、後の方になって、では小津安二郎の場合はどうか、といったような現れ方をすることもありますが、10人強の映画監督との対比で小津安二郎の映画術を探るというのは、なかなか面白い試みであったように思います。

 他の映画監督、評論家の書いたものを参照するだけでなく、小津安二郎の対談や小津映画に出た俳優の証言(例えば笠智衆の『大船日記』など)も数多く参照しており、エピソード的な話も多くあります。また、そうした話を通して、小津安二郎の映画に対する考え方も窺えます。

黒澤明22.jpg エピソード的な話では、「黒澤明」について書いた最終章が面白かったです。戦時中、監督第一作を撮った新人監督は内務省の試験を受ける必要があって、検閲官に映画監督が立ち会って口頭諮問のようなものが行われたようですが、黒澤明の「姿三四郎」の時の立会映画監督3人の内の一人が小津安二郎で(黒澤明の師匠・山本嘉次郎もその1人だったが敢えて立ち会わなかった)、検閲官が棘のある言葉で諮問し、黒澤明のイライラが最高潮に達する中、小津安二郎が、「百点満点として"姿三四郎"は、百二十点だ!黒澤君、おめでとう!」と言ってOKになったとのことです(黒澤明が「赤ひげ」('65年/東宝)のラストで小津安二郎へのリスペクトを込めて笠智衆を登場させた理由が解った気がする。既にその2年前に小津安二郎は亡くなっていたが)。

 その他にも、笠智衆の思い出で、成瀬巳喜男の「浮雲」を小津に誘われて小田原で二人で観た時、映画館を出た後に口数が少なく黙りがちだった小津安二郎が、ポツリ、「今年のベストワン、これで決まりだな」と言ったとか(笠智衆『俳優になろうか―私の履歴書』)、様々な興味深いエピソードが紹介されています。

清水宏 監督.jpg 「映画術」的観点からすると、一番興味深かったのは「清水宏」の章でしょうか。著者によれば、監督一人につき同じ分量の紙数を割く予定が、この章だけ長くなってしまったとのこと。清水宏という監督は時に小津安二郎と似たようなテーマを扱ったり同じような俳優を使ったりしていたりもしますが、著者は清水宏こそが小津安二郎のライバルだったとしています(と言っても2人は盟友関係にもあり、小津安二郎が最後に入院した際には、清水宏は病院近くのホテルに滞在しながら、辛くて見舞いに行けなかったようだ)。

 著者は、清水宏はもっと評価されるべきだとしたうえで、「小津のコンティニュイティ」について解説した前章を受けて(小津安二郎はコンテをきっちり作り、カメラ位置を細かく指示するやり方)、清水宏がいかにそうした撮り方の対極にある映画術を駆使したかを解説、セット撮影で力を発揮する小津安二郎に対して、とりわけ、ロケで力を発揮する清水宏の本質を分かり易く解説しています(小津安二郎の場合、路地や家並みはもとより、ロケで山などの風景を撮ってもセットみたいな感じになる)。

小原庄助さん 2.jpg また、この章で双葉十三郎の日本映画の「風物病」論を取り上げていて、双葉十三郎は小津安二郎の「晩春」や清水宏の「小原庄助さん」をそれなりに優れた作品であるとしながらも、日本映画につきものの風物ショットが多く、映画そのものは内容に乏しいと主張しているとのことです(双葉十三郎がこのように、小津作品と清水作品を1つずつ取り上げて同じように「風物病」に陥っていると批判していることが、この章の導入部になっている)。
「小原庄助さん」(監督:清水宏、主演:大河内傳次郎)

 著者はこの双葉十三郎の見方を否定しておらず、むしろ鋭い指摘だとみている向きがありますが、個人的にも、そう思いました。小津安二郎が「彼岸花」で山を映すショットをカーテンショットとして用いている例を挙げていますが(そう、山さえセットみたいな感じになる)、風物を映せばストーリーは弱くても映画になってしまうというのは、日本映画の特徴かもしれないとしています。

 小津作品で言えば、観客は、嫁になかなか行かない娘とそれを心配する親や世話を焼く同僚といった、そうしたストーリーの展開を観ているのではなく、それはもう小津作品で何度も繰り返される展開であって、むしろストーリーよりも、その背景にある日本的な風景、風土を観ているのだろうなあと思いました。今日において小津作品を観るということは、「平成」から「昭和」の風俗を垣間見るようなものであり、また小津作品は、あたかもそれに応えることを当時から予想していたかのように、当時のごく普通の生活に見られる風俗をきっちり描いており、だから、何度見ても飽きがこないのだろうなあという気がしました。

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This page contains a single entry by wada published on 2015年7月13日 00:51.

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