【1905】 ○ 藤沢 周平 『麦屋町昼下がり (1989/03 文藝春秋) ★★★★

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ノンシリーズものだが面白くて味わいがある。長編的素材を圧縮して中編にしたという印象。

麦屋町昼下がり 1989.jpg 単行本['89年] 麦屋町昼下がり 文庫.jpg麦屋町昼下がり (文春文庫)

 片桐敬助は、御蔵奉行で上司の草刈甚左衛門から呼ばれて帰りが遅くなった。呼ばれたのは縁談の話だったが、相手は片桐敬助より身分が上の家柄だった。帰り道、敬助は男に追われる女を救おうとしてその男を斬り殺してしまうが、斬った男は女の舅・弓削伝八郎で、女には不義密通を働いていたという噂があり、嫁の不義に怒った舅が女を追っていた可能性もある。舅の息子、即ち女の夫の弓削新次郎は藩内随一の剣の使い手で、近く江戸詰めから戻ってきたら父の仇を討つのではとの噂が広まる。敬助は家中の試合では弓削に勝ったことはない。敬助は、殺すべきでない男を殺してしまったのではないかと悩む一方、弓削との決闘を覚悟して、師匠が薦めた大塚七十郎について稽古を重ねていたが、ある時その弓削と出会って声掛けされるも、彼は意外にも敵意を見せない。何月か後、弓削が城下で刃傷沙汰に及んでいるとの知らせが入り、敬助に討手としての命が下りる―(「麦屋町昼下がり」)。

 「麦屋町昼下がり」「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」の短編4編を収録し、何れも「オール讀物」の昭和62年6月号から昭和64年1月号にかけて掲載されたノンシリーズ物の読み切り作品です(作者・藤沢周平は平成元年10月に菊池寛賞受賞)。

 表題作の「麦屋町昼下がり」がやはり一番面白く、個人的には、弓削新次郎というのが、新次郎と敬助との間に一悶着あるだろうという噂が藩内に立つ中で、敬助に直接事情を訊いて、倒すべき相手は誰かを確認したうえで刃傷沙汰に及んでいるのが興味深いです(この弓削新次郎というのは、天才剣士であるものの翳のあり、物語の流れからしても"悲劇的人物"なのだが、ある面でちょっと爽やかな点もあったりして...)。

 「三ノ丸広場下城どき」も剣戟小説風で、藤沢作品では珍しいタイプのものが続きますが、主人公自身は現時点では剣豪というほどでもなく、しかし世間が言うほどにはナマっておらず、最後は―という、「たそがれ清兵衛」などの普段は地味だが実は凄腕だったというのとはまた少し違った趣があってこれもいいです(因みに山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」('02年/松竹)の清兵衛の描き方は、「麦屋町昼下がり」の片桐敬助に近いか)。

 以下、「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」と藩内の政略絡みのものが続き、企業小説の時代劇版みたいな感じですが、その分、身近な感じで読めてしまうのが妙。

 「三ノ丸広場下城どき」では出戻りで怪力の女中・茂登が活躍し、「榎屋敷宵の春月」は寺井織之助の妻・田鶴自身が主人公で、最初はサラリーマンの奥さん同士の世界を描いた風だけど、やがてそこにも政治が影を落とし、結局妻の方が日和見の亭主に見切りをつけて自ら重役の悪事を暴こうと小刀を振るうという、何だか昭和61年の男女雇用機会均等法制施行を背景にしたような感じも。

 人妻の田鶴に言い寄る小谷三樹之丞というのも、公私はきっちり分けていて、それをまた田鶴に問うたりするところが印象に残る人物でした。田鶴が公憤ではなく私情に駆られて三樹之丞のもとを訪れたのならば、自分も私情により...ということでしょうか。

花の誇り2.jpg花の誇り1.jpg この「榎屋敷宵の春月」は、2008年の暮にNHKが「花の誇り」というタイトルでTVドラマとして映像化していますが(脚本:宮村優子、出演:瀬戸朝香/酒井美紀)、個人的には未見です。

NHKドラマ「花の誇り」(原作:「榎屋敷宵の春月」)

 4編は何れも物語の背景の描き方などが丁寧で、短編集と言うより、長編にでも出来そうな素材を圧縮して中編にしたという印象があり、またそれぞれに味わいもあって、こうした密度の濃い作品(作風自体は重厚と言うより爽やかといった感じか)をコンスタントに発表していた作者の力量はやはり並のものではなかったなあと思わされました。

【1992年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●三ノ丸広場下城どき
次席家老の臼井内蔵助は、守屋市之進から、江戸の側用人・三谷甚十郎が自分と新海屋との繋がりに気付き、三谷からの使者が中老の新宮小左衛門を訪ねに来るという話を聞き、その密書を奪うことを画策、三谷が使者に護衛を付けて欲しいと市之進に頼んできたのを幸いとし、昔は剣で鳴らしたが今はナマっていると思われる粒来重兵衛をわざと護衛に選ぶ。重兵衛は護衛を引き受けるが果たして失敗し、自分が罠にかけられたのを悟る。重兵衛は、一体誰が何のために自分を陥れたのかを探索する一方で、鈍った体を鍛え直し始める―。
●山姥橋夜五ツ
柘植孫四郎は息子の俊吾が道場で喧嘩をふっかけていると聞き驚き、原因は、自分が瑞江を離縁したことだろうと思った。離縁したのは、瑞江に不義の噂が立ったためだった。そうした中、塚本半之丞が腹を切り、孫四郎に宛てた遺書の内容は、先代の藩主は病死ではなく謀殺されたという驚くべきものであり、半之丞はそのことを口に出来ず、思い悩んでの憤死だったようだ。孫四郎は、自分の家禄が削られた事件を思い出し、それも先代の藩主の死と関係があるのかもしれないと思って、真相究明に動き始めた―。
●榎屋敷宵の春月
家老の宮坂縫之助の死去に伴い、後任の執政入りの人選が始まろうとしていたが、田鶴は夫・寺井織之助が執政になるための運動が捗々しくないのを知った。競争相手は露骨に金をばらまいているらしいが、寺井家には金銭の余裕はない。今回の競争には古い友達の三弥の夫も加わっており、田鶴は三弥にだけは負けられないと思っていた。三弥は、田鶴にとって特別な存在だった長兄・新十郎の気持ちを知っていたはずであり、だから、三弥が他家に嫁ぎ新十郎が自殺したときには衝撃を受けた。田鶴はお理江さまから呼ばれて小谷家に向かうが、門前でお理江さまの兄・小谷三樹之丞と出会った。帰り際にお理江さまから、三弥が早くに来て三樹之丞と会っていたことを聞く。小谷三樹之丞は藩政に影響力を持っている人物である。その帰り道、家の前で斬り合いが行われ、江戸屋敷からきた関根友三郎という者が襲われていた―。

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This page contains a single entry by wada published on 2013年7月 1日 00:26.

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