【1852】 ○ 黒田 兼一/山崎 憲 『フレキシブル人事の失敗―日本とアメリカの経験』 (2012/05 旬報社) ★★★★

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日本における人事のフレキシビリゼーションの分析は秀逸。ディーセント・ワーク実現を提唱。

フレキシブル人事の失敗.jpgフレキシブル人事の失敗 日本とアメリカの経験』(2012/05 旬報社)

 明治大学経営学部教授の黒田兼一氏(1948年生まれ)と独立行政法人労働政策研究・研修機構の国際研究部勤務の山崎憲氏の共著(二人は山崎氏が明治大学経営学部経営研究科黒田教室で学んで以来の師弟関係にあるよう)です。
 著者らによれば、80年代後半以降、ICT(情報通信技術)の発展とアメリカ発のグローバリゼーションという二つの大波が押し寄せる中、企業経営においては、市場動向にフレキシブルに対応することが競争に打ち勝つ必須条件であるとされるようになったとしています。
 さらに、働く人びとの「働き方、働かせ方」も市場動向に合わせてフレキシブルにならなければならないとの考えのもと、人事労務「改革」によって、従来型人事労務管理のフレキシブル化が図られてきたとのことです。
 その「改革」とは、フレキシビリティに欠けるリジッドなあり方や慣行を見直し、変更するということですが、人事労務のあり方や労働慣行は国によって異なり、また、リジッドな領域も同じではないため、「改革」の狙いは同じでも、フレキシビリティの課題は違ってくるとのことです。

 本書では、第1章(黒田氏執筆)で日本の人事労務「改革」に、第2章(山崎氏執筆)で1980年代以降のアメリカの人事労務「改革」にそれぞれ焦点を充て、人事労務のフレキシビリゼーションの具体的な内容を探ることで、人事労務「改革」の中身を検討するとともに、第3章(共同執筆)で、その「改革」が市場動向に雇用と人事=処遇を合わせることによって働く人びとに苦難を強いるものであるとしたら、その現実の中から、働く人びとの「働きがいのある人間らしい仕事」(ディーセント・ワーク)を実現するには何が必要かを展望したものです。


 第1章「日本はアメリカを追っているのか―人事労務「改革」の末路」では、年功序列に見られるようなリジッドな「ヒト」基準の雇用・人事処遇制度にメスを入れ、市場動向にフレキシブルに対応する人事労務システムの構築することが、日本における人事労務「改革」の課題であるとするならば、日本は人事労務管理において、「ヒト」基準から「仕事」基準に雇用・処遇制度を移行することで「アメリカを追っている」ということになるのかを考察しています。
 そして、「雇用管理」における非正規雇用の広がりと多様化、「処遇制度」における「成果主義」の躓きと役割給の台頭、「時間管理」における長時間労働と残業など関する法規制の緩和などの流れをそれぞれ検証しています。
 そのうえで、日本におけるフレキシビリゼーションのターゲットは、リジッドな長期雇用慣行と「ヒト基準」の処遇であったとし、リジッドな長期雇用慣行に対しては、雇用の多様化、コア人材の絞り込み、非正規雇用の拡大という戦略がとられたとしています。
 一方、もう一つのターゲットである「ヒト基準」の処遇は、当初は「成果主義」というかたちで「ヒト基準」からの離脱を志向したがうまく機能せず、かえって従業員の労働意欲を減退させてしまい、そのため、従業員の労働意欲がもつメリットを損なわないようにするため、「ヒト基準」にとどまりながら、「ヒト基準」の中身を「年功と能力」から「役割貢献度」に移行させることで対処した(市場動向を反映させることができる「ヒト基準」に変更した)とし、「ヒト基準」を積極的に採用したのが日本型の賃金・人事処遇のフレキシビリゼーションであったとしています(「役割給」を「ヒト基準」と規定している点が興味深い)。


 第2章「アメリカン・ドリームの崩壊」では、1980年代以降のアメリカの人事労務「改革」を探るために、アメリカ型の人事労務管理の主流が形成された1930年代まで遡り、安定した労使関係を基盤とした社会政策の実現という考え方がしばらくは続いたものの1970年代以降ゆらぎを見せ、そうした中、1960年代から人的資源管理論が発展し、「労働の人間化(QWL)」施策などがとられたとしています。

 1980年代以降は、製造業の国際競争力低下という局面に際して、競争相手となった日本の人事労務管理なども参照しながら、労働組合の無い企業では「低賃金型」「官僚型」「人的資源型」「進出日本企業型」、労働組合のある企業では「伝統的ニューディール型」「(労使)対決型」「ジョイントチーム型」といった人事労務管理の多様化が進み、今日に至っているとのことです。
 そうした中、アメリカ企業における賃金・評価制度、職業訓練と能力評価、人事部の役割はどのように推移してきたかを解説し、その中で「職務基準」から「ヒト基準」への変更が見られることを指摘しています。

 また、高卒であっても企業で働くことができ、労働組合に守られ、一定の収入を得て家やクルマを買い、家族を養い、子どもに充分な教育を受けさせることが出来る―これこそがまさに「アメリカン・ドリーム」の真実の姿であり、これが崩壊したのが1980年代であり、その大きなきっかけとなったのが、日本企業の北米進出の成功とその影響によるアメリカの人事労務管理の日本化(ジャパナイゼーション)であったとしています。


 第3章「企業競争力を超えたディーセント・ワークに向かって」においては、まず冒頭で、これまでの分析を振り返り、日本とアメリカの人事労務管理はともにフレキシブル化に向かっているが、日本の場合は処遇に市場動向を反映させるための「ヒト基準」のフレキシブル化、アメリカの場合は「職務基準」から「ヒト基準」への変更と、総じて言えば、職務基準からヒト基準へ「収斂」してきていると概観しています(また、双方とも個人請負、パートタイム、派遣などの非正規雇用労働者の活用の動きは拡大しているとも)。
 そして、日本においては、人事労務管理のフレキシビリゼーション「改革」が、もっぱら企業競争力強化のために雇用と人事処遇を市場動向に合わせる「改革」であったから、働く人びとに格差と貧困、精神的圧迫と苦難を強いるものになったのであり、この問題を解決するには、「働きがいのある人間らしい仕事」(ディーセント・ワーク)を実現することが望まれるとしています。

 とりわけ、働く人びとにとって最も重要な課題である「雇用」の安定と企業内での「人事処遇」に的を絞って検討がされており、雇用に関しては、企業が求める「働かせ方」の多様化は避けられないように見えるが、それが不安定雇用層の大量創出となってはならず、そのために、原則として、一時的な仕事以外はすべて「雇用期間の定めのない雇用」とし、その中で、雇用調整のルールをどうするかなどを、時代の要請に沿って具体化していくことを提案しています。

 また、このことを前提に、賃金制度においては、正規・非正規の均等待遇、性差別賃金の解消に向け、「同一"価値"労働同一賃金」を実現すべきであるとし、そのためには、公平・公正な処遇が図れるよう、人事査定制度を規制していかねばならないとしています。
 そもそも人が人を正しく評価できるわけはない―にも関わらず、評価なしには処遇も報酬もできないとすれば、必要なことは評価の納得性であり、納得性という面を重視すれば、個人の問題ではなく、上司と部下、従業員相互の関係、更に言えば労使関係の問題として捉え直す必要があり、人事査定のあり方について、働く側からの規制・介入の道を探るべきであり、その役割は労働組合が果たすべきであるとしています。


 全体を通して、よく分析・整理されており、中でも、日本の人事労務管理の変遷の中で、リジッドな「ヒト基準」を市場動向に合わせで対応できるものに見直したのが、日本におけるフレキシビリゼーションであり、「仕事基準」に移行したわけではないことを、「役割給」の本質に絡めて解説している部分は極めて明快で、納得性の高い分析であると感じました。

 日本ではリジッドな「ヒト基準」を修正することがフレキシブル化であり、アメリカではリジッドな「仕事基準」を見直すことがフレキシブル化であった―どちらも市場の変化への対応を目指しているわけですが、基本の部分は堅持しているということになるのでしょうか(グローバゼーションへの対応度の日米間の格差は拡大しているという見方があるのだなあと)。

 しかしながら、「職務給」が日本に馴染まないことが「成果主義の躓き」によって再確認されたとするならば、「ヒト基準」の処遇制度の中で、どうやって評価の納得性を担保していくかということが課題になるわけで、そうした規制づくりを使用者側が一方的に行えば恣意的なものとなる恐れがあり、「査定される側、つまり労働組合による人事査定への介入と規制が決定的に重要となってくる」というのが著者らの提言です。

 要するに、集団的労使関係の中でそうした規制を定めていくということですが、この部分は、提言と現実の間に、「評価の開示」等に関しての埋めなければならない課題がまだまだあるように思われました(分析に優れる一方で、逓減部分がやや弱いか)。

《読書MEMO》
●目次
序 企業経営と雇用の世界で何が起こっているのか
  ウォール街を占拠せよ!/すべてがフレキシビリティの名の下に/本書のねらいと構成
第1章 日本はアメリカを追っているのか 人事労務「改革」の末路
  1 ドーアの嘆きとジャコービィの問題提起
  2 「改革」を促したもの
  フォーディズムの好循環/「改革」のはじまり――フォーディズムの危機/日本における新自由主義(ネオ・リベラリズム)の台頭と「日本的経営」ブーム/改革への本格的な導引――ICTとグローバリゼーション/フレキシビリティ
  3 「改革」の始まり 日経連の「新時代の『日本的経営』」
  日経連の人事新戦略/フレキシビリゼーションの課題/年功制打破と個別化/雇用ポートフォリオと能力・成果重視の人事制度
  4 人事労務管理「改革」の現実
   �雇用管理――正規雇用と非正規雇用
    雇用形態の多様化とフレキシビリティ/非正規雇用の広がりと多様化/確実に進んだ雇用のフレキシビリティ
   �人事と処遇制度――成果主義の混迷と役割給の台頭
   「ヒト基準」賃金とフレキシビリティ/「成果主義」賃金の混迷/「役割給」の台頭
   �時間管理――長時間労働と規制緩和
   労働時間のフレキシビリゼーション/脱法行為を含んだ時間管理のフレキシブル化の進行
 5 市場志向とアメリカ化の実相
第2章 アメリカン・ドリームの崩壊
 1 アメリカが追いかけてきたもの 一九八〇年代以前
  ウェルフェア・マネジメントと日本的経営/アメリカ型人事労務管理の主流/安定した労使関係を基盤とした社会政策の実現/もう一つの選択――人的資源管理/人的資源管理の導入と働きかたの変化/一九七〇年代――ゆらぎの始まり/労働の人間化(QWL)
 2 アメリカの変化 一九八〇年代以降
  競争相手としての日本/ダンロップ委員会
 3 アメリカの人事労務管理「改革」の現実
�多様化する人事労務 �賃金・評価制度 �職業訓練と能力評価 �人事部の役割
 4 分水嶺としての一九八〇年代
第3章 企業競争力を超えたディーセントワークに向かって
 1 アメリカの可能性
  社会と共生する人事労務管理の必要性/新しいパートナーシップの構築/
  太平洋を挟んだスパイラル
 2 日本の可能性
  新しい時代の雇用安定への模索/新しい賃金制度と均等処遇への道/労働時間短縮と
  ワーク・ライフ・バランス/日本におけるディーセントワークへの道

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This page contains a single entry by wada published on 2013年4月 6日 09:21.

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