【1582】 △ 酒井 穣 『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (2010/01 光文社新書) ★★★

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啓発セミナーに近いような引用方法と、タイトルからして表れている"宣伝臭さ"が気になった。

日本で最も人材をi99.JPG「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト.jpg 『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (光文社新書)』['10年]

 著者は「フリービット」というIT企業の人事担当者で、その会社は「日本で最も人材を育成する会社」を"めざして"いるということであり、本書の内容自体は、その会社のテキストというより、一般的な企業における、これからの時代の人材育成論になっています。

 実質的に「人材の現場への放置」を意味していたOJTの時代は終わって、これからの人材育成の実務は「研修のデザイン」から「経験のデザイン」へ向かうという視点には目新しさが感じられますが、人材育成の目的から説き始め、育成ターゲットの選定、育成のタイミング、育成プログラムの設計思想、人材育成の責任―と進んでいく解説は、流れとしてはオーソドックスであり、MBAのテキストから持ってきたような図表が幾つかあるものの、さほど難しい専門用語も使っておらず、すらすら読めます。

 但し、章立てほどに中身が体系的かというと、必ずしもそうとは思えず、既存の人材育成理論を多くの書籍などから引用的に詰め込んだだけで、その詰め込み方がやや雑な感じがしなくもありませんでした(ブログがベースになっているためか?)。
 また、解説の多くが抽象段階に止まっているため、個々の課題に対する気づきを促す啓発書として、という点ではそう悪くはないのですが、実務への落とし込みという面では弱い気がしました。

 例えば、部下の状態を判断するの用いられるWill-Skill Matrixを、リーダーシップ理論の1つであるSL理論(名称は本書に出てこない)と組み合わせて解説しているのは著者のオリジナルの部分のかも知れませんが、これがなぜ「月単位のタイミング計画」という項で解説されているのかよく分からないし、いきなりミラーニューロンなどといった話が出てくるのも唐突感があります(どちらかというと講演調?)。

 全体としては「学習する組織」に近い考え方に収斂しているのが窺え、考え方自体に異を唱えたくなるような部分は少なかったものの、書かれていることの多くはそうした"考え方"の提示に止まっていて、各企業における具体的な施策については、こうした"考え方"に「賛同していただける企業がございましたら、是非、ご連絡いただければと思います」(P154)ということなのか(あれっ、IT企業じゃなかったの? 株式情報を見たら「法人向け中心に各種ネットサービス提供。ネット接続業者向け接続代行に強み。」と書いてあるけれど、本書の終わりの方に出てくる「教育効果測定」メソッドが、著者の会社の商品になるわけ?)。

 目の前の人がMBAかどうかは、目の奥に「田の字」が見えればMBA、というジョークがありますが(著者はMBAホルダーではないが海外での企業勤務経験あり)、2×2のマトリックスでの説明は確かに分かり易い、しかしマトリックスで人材育成が出来るならば、人材育成なんて簡単にできてしまうことになり、現実の複雑な環境や制約の中で、人材育成の手法としてどういった選択肢を選び採るかということは、そう容易ではないように思います。

 書籍を引用するにあって「有名な」「著名な」という言葉が多用されていて、この傾向は著者のブログでも多く見られ、著者の口癖なのかと思ってしまうほどで、個人的には、コンサルティング誘引のための啓発セミナーを聞いているような印象を助長することに繋がってしまいました。

 企業における人材育成及び人材育成「論」のトレンドを掴むうえでは、そう悪い内容の本ではないと思いますが、こうした啓発セミナーに近いような引用方法と、タイトルからして表れている"宣伝臭さ"が気になって仕方がなかった...。

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