【1497】 ○ 山本 嘉次郎 「エノケンのちゃっきり金太 (1937/07 東宝映画配給) ★★★★

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「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」(山根貞男)

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ちゃっきり金太.bmp エノケンのちゃっきり金太 vhs.jpg  エノケンのちゃっきり金太1.jpg
「エノケンのちゃっきり金太」(ポスター/横山隆一)/VHS/(中村是好/榎本健一)

エノケンのちゃっきり金太vhs.jpg「エノケンのちゃっきり金太」3.bmp 幕末・明治維新前夜の江戸、名うてのスリ金太(榎本健一)は、財布と一緒に薩摩藩・勤皇派の密書をスッてしまったことから、薩摩の侍連中と八丁堀の岡っ引き・倉吉(中村是好)の両者に追われるハメに。追っ手を逃れて江戸から西へと旅立った金太の行く手には数々の事件が巻き起こる―。

「エノケンのちゃっきり金太」1.jpg 1937(昭和12)年作品で、P.C.L.(東宝の前身の1社)のエノケン映画10本の内の最後の作品であり、この作品の後、松竹に在籍していた榎本健一は、新会社の東宝へ移籍することになります。

 ジョンストン・マッカレーの探偵小説「地下鉄サム」を翻案したものと言われていますが、山本嘉次郎監督の原作・脚本は、これを幕末の動乱期の東海道に置き換えて、追いつ追われつのドタバタ劇に仕上げており、岡っ引きの倉吉のほかにも飴屋を装っている徳川方のスパイの三次(二村定一)、金太が贔屓にしている居酒屋の亭主(柳田貞一)とその娘・おツウ(市川圭子)、金太を殺したがる薩摩藩士・小原葉太郎(如月寛多)など様々な人物が絡み合ってきますが、原作がいいのか脚本がいいのか自然に楽しめ、また、洋物を翻案したという違和感もありません。

山根貞男.jpg「エノケンのちゃっきり金太」2.jpg 映画評論家の山根貞男氏曰く、この作品は「走る映画」であり、「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」とのことですが、まさにそうであり、個人的にはエノケンの韋駄天ぶりから「キートンのセブンチャンス」('25年/米)を想起したりもしました。

 「ちゃっきり」とは「巾着切り」のことで、「ちゃっきり節」の「ちゃっきり」(茶切り)とは無関係? むしろ、「ちゃきちゃきの江戸っ子」と懸けているのか?(でも、金太が駿府の方まで逃逃げた際に、茶畑や茶切り娘も出てくるから、「茶切り」にも懸けているのかも)

エノケンのちゃっきり金太 中村.jpg その金太と、彼を追っていたはずがひょんなことから一緒に旅することになる岡っ引きの倉吉とのやりとりが面白く(エノケン一座の中村是好も好演)、フィルムの逸失部分を含めて想像すると、エノケンの映画の中でもギャグの絶対数はかなり多い方ではないでしょうか。

エノケンのちゃっきり金太_1.jpg 結局、薩摩藩・勤皇派の行軍に潜伏して大政奉還後に江戸への帰還を果たす2人ですが、こうした行進を揶揄的に撮っているところは山本嘉次郎監督ならではであり、戦時中は軍の依頼を受けて国威発揚映画も撮っていますが、根は全体主義、権威主義的なものを嫌った人だったように思います(黒澤明、三船敏郎といった人材の発掘者でもあった。黒澤明はこの作品のセカンド助監督に就いている)。

吉行 淳之介.jpg 作家の吉行淳之介(1924-1994)が、文藝春秋のアンケートの中で、この作品を好きな日本映画の第1位に挙げていて(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))、「エノケンは天才で、それにまた戦前の時代、ただ出演しただけで軍国主義批判になりえた」「戦中派としては第1位にするしかない」と言っています。おそらく、吉行淳之介の場合は10代前半にリアルタイムで観たのでしょう。公開当時はエノケンの映画は世間一般には低俗映画と見做されていたようですが、10代でこういうの観ちゃうと、そんなことに関係なく一生忘れられなくなるような気はします。

エノケンのちゃっきり金太_2.jpg ストーリー的には(いきなり助っ人が現れたり)かなり乱暴な部分もありますが、モノクロであるのが却って良く、大井川で川止めを喰って逗留する旅人達の様子とか宿の様子に何かリアリティがあって、こういうの観ると、最近の時代劇はテレビでも映画でも、セットも衣装も綺麗過ぎるように思えます。

 この作品は、まず前篇が「第一話 まゝよ三度笠の巻/第二話 行きはよいよいの巻」として1937(昭和12)年7月11日に公開されており、後篇の「第三話 帰りは怖いの巻/第四話 まてば日和の巻」が同年8月1日に公開されていますが、前篇が63分、後篇が69分、計132分という本格長編だったものが、今は総集編として編集された72分尺で現存しているだけというのがやや残念です(因みに、この年の7月7日に盧溝橋事件が勃発している)。

漫画: 横山隆一
エノケンのちゃっきり金太 v.jpg「エノケンのちゃっきり金太」.bmp「エノケンのちゃっきり金太」●制作年:1937年●監督:山本嘉次郎●製作:P.C.L.映画製作所●原作:脚本:山本嘉次郎●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●漫画: 横山隆一●時間:72分●出演:榎本健一/中村是好/二村定一/如月寛多/柳田貞一/市川圭子/花島喜世子/山懸直代/千川輝美/宏川光子/北村武夫/近藤登/金井俊夫/椿澄枝/宮野照子/清水美佐子/南弘一/小坂信夫/斎藤務/松ノボル●公開:1937/07●配給:東宝映画配給(評価:★★★★)

《読書MEMO》
吉行淳之介(作家)マイベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
①エノケンのちゃっきり金太
②天城越え
③幕末太陽傳
④椿三十郎
⑤麻雀放浪記
⑥飢餓海峡
⑦にっぽん昆虫記
⑧鍵(市川昆)
⑨男はつらいよ
⑩カルメン故郷に帰る

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山根貞男(やまね・さだお)映画評論家。2023年2月20日午後11時18分、胃がんのため死去。83歳。映画批評や映画史研究の分野で長年にわたり活躍した。

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This page contains a single entry by wada published on 2011年6月12日 00:09.

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