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記者時代の小説っぽいルポルタージュ集。「杭につながれて四年」などはまさに奇譚。
『幸福な無名時代 (NONFICTION VINTAGE)』['91年] 『幸福な無名時代 (ちくま文庫)』['95年]
コロンビア出身の作家で、新聞記者出身でもあるガブリエル・ガルシア=マルケス(1928年生まれ)が、1958年当時、雑誌記者(特派員)として隣国ベネズエラの首都カラカスに滞在した際に遭遇した、ぺレス・ヒメネス独裁政権の崩壊と当時の民衆の生活に取材したルポルタージュ。
作者の「ジャーナリズム作品全集」から13本の記事を抜粋して訳出されていますが、何れも、1958年の1月から8月までのほぼ半年間に書かれたものであり、この年のベネズエラは、1月の独裁政権崩壊後も、8月に今度は軍事クーデターの企てがあるなど、騒乱が続いていたようです。
欧米の大手通信社の取材力や速報性に一雑誌記者としてはとても太刀打ちできないと考えたガルシア=マルケスは、客観報道は自らもそれら通信社のものを参照し、政変等で動きまわった政治家や司祭など、個々の人物に焦点を当て、人間ドラマとして記事を再構築することを意図していたようです。
確かに、ポリティック・ダイナミクスで動く政変絡みの記事も、彼の手にかかると、1人1人の人物が関与した人間ドラマになる―しかも、この約半年の間でも、後になればなるほど小説っぽくなっていくのが窺えて興味深いです。
但し、個人的により面白かったのは、政治事件を扱ったものよりも、社会的事件や市中の珍しい話を取り上げたものであり、「杭につながれて四年」などはまさにそう。
妻と喧嘩して家を飛び出した若者が30年ぶりに家に戻った話で、家を出てから農園で出稼ぎ労働していたら、インディオに囚われ杭につながれて4年を過ごし、そこを逃れてからも各地を転々とし、戻ってみると、生まれたことも知らなかった子に孫ができていたという―何だか『百年の孤独』にありそうな話だなあ。
「潜伏からの帰還」という、反政府革命のリーダーが、捕まった後、完璧な脱獄を遂げ、避暑地で悠々と日光浴をし、ホテルのダンス・ホールで踊り、豪華客船に乗り込んだと思いきや、今度は、映画館から出てきたりして、女性と民衆に助けられながら、逃げおうせてしまうという話もスゴイ。
何だか、こうした「事実は小説より奇なり」みたいな話が好きそうだなあ、この人。
「1958年6月6日、干上がったカラカス」は、年初からの降水量の減少で貯水池の水量が減り続け、5月、6月に入っても雨は一滴も降らず、水不足により人々の生活が混乱する様を切実に描いていますが、この記事は実は4月に書かれていて、フェイクに近いある種「パニック小説」みたいなものであり、一方で、こうしたスタイルを通して、社会構造やインフラの問題点を浮き彫りにしているわけです。
生活のために記事を書いているけれども、創作の方へ行きたくて仕方がない、むしろ、創作のトレーニングとして記事を書いている風が窺えるのが興味深いです。
因みに、この頃は既に、彼の第1短編集『落葉』は発刊済みで、ベネズエラへの移住にはその印税の一部が充てられていたそうですが、後にノーベル文学書を受賞するこの作家の当時の暮らしぶりは、「時間はあるは金が無い」状態だったそうです(原題は「私が幸福で無名だった頃」)。
【1995年文庫化[ちくま文庫]】