【1342】 △ 諏訪 哲史 『アサッテの人 (2007/07 講談社) ★★★

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群像新人文学賞から芥川賞に直行!確かに前衛的だが、期待したほど面白くはなかった。

アサッテの人.jpg 『アサッテの人』 (2007/07 講談社)

 2007(平成19)年・第50回「群像新人文学賞」(小説部門)並びに2007(平成19)年上半期・第137回「芥川賞」受賞作。

 勤め人である「私」は、突如失踪した叔父の荷物を引き取りに行ったアパートで、叔父の残した日記を見つける―。

 「私」はかつてこの、脈絡なく「ポンパ!」という奇声を奇声を発する叔父をモデルにした草稿を幾度も書いており、そして今、小説『アサッテの人』としてそれを完成しようとしているが、それが出来ないでいるため、叔父の残した日記と、叔父を題材に書いた草稿を繋ぎ合わせて、それを読者に示すことで、それを完成品としようとしていて、そうした意味では、これは「メーキング小説」とも言えるかも知れません。

 更に、小説を書いている今の「私」を対象化し、小説の外側に立って小説を書くという行為そのものを考察する一方、小説の中に織り込むはずだった叔父の日記を抜粋し、その「アサッテ」ぶりに対し、現在の「私」の立場から考察していて、そうした意味では「メタ小説」とも言えます。

 ビルの警備室に勤務していた叔父の日記の中には、そのビル内にある会社に勤務する、エレベーター内で人知れず奇妙な行動をとる「チューリップ男」の観察記録があり、小説を書こうとしている「私」とその「私」を見つめる私、書かれようとしている小説乃至これまでの草稿と叔父の日記、叔父の日記の中で叔父に観察されているチューリップ男―といった具合に、3重〜4重くらいの入籠構造になっているのかな。

 「私」の耳から離れない叔父の様々な奇声は、太宰治の「トカトントン」を想起させますが、時代が変わろうとしていることの象徴のようなトカトントンに対し、「私」の叔父の奇声に対する考察は、日常と非日常の相克とでも言うか、もう少し哲学的なニュアンスのものという感じ。
 但し、日常的なもの、既成のものからの脱却という意味では、「チューリップ男」の行動の方が、吃音が直ったのをきっかけに消えてしまった程度のものであった叔父の奇声を凌駕しているかも。

 小説の主体は、入籠構造の各層を行き来しますが、1つ1つが小説として(意図的に)完成されていないため、「メタ小説」としては不全感があり、「小説」と言うより、「小説を書く」ということについての哲学的考察と言った方が合っている印象を受けました(作者は大学の哲学科出身)。

 芥川賞の選評では、案の定、石原慎太郎・宮本輝両氏の評価が低かったが(村上龍氏も)、新たに選考委員になった小川洋子・川上弘美両氏が絶賛(池澤夏樹氏も)、その他の選考委員(高木のぶ子・黒井千次・山田詠美の3氏)も概ね推薦に回り、「群像新人文学賞」受賞作では、第19回(1976年)の『限りなく透明に近いブルー』以来の(村上春樹氏の『風の歌を聴け』(第22回(1979年)群像新人文学賞受賞作)も果たさなかった)芥川賞とのW受賞になりました。

 その村上龍氏は、「私は推さなかった。退屈な小説だったからだ」と述べていて、自分の感想もそれに近いものであり、これから面白そうな作品を書きそうな人ではあるけれども、この作品については、前衛的な試みは"空振り"しているように思えました。

 ただ、過去に多くの人が、こうした作品を着想して頓挫したり失敗したりしているであろうことを思うと、前衛を保ちつつ、破綻は最小限に止まっているという感じではあり(この作品の場合、何を以って"破綻している"と言うかという問題はあるが...)、たまにはこうした実験小説的な作品が芥川賞をとるのもまあいいか―(でも、芥川賞はやはり運不運があるなあ)。

 【2010年文庫化[講談社文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2010年3月11日 23:23.

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