【1295】 ○ 鶴間 和幸 『秦の始皇帝―伝説と史実のはざま (歴史文化ライブラリー)』 (2001/11 吉川弘文館) ★★★★

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入門書としては十分。『史記』(秦始皇本紀)を検証ターゲットにしている点に特徴。

秦の始皇帝 鶴間和幸.jpg 『秦の始皇帝―伝説と史実のはざま (歴史文化ライブラリー)』 鶴間 和幸 教授.jpg 鶴間和幸 氏

 中国史、とりわけ秦帝国や始皇帝の研究が専門で、「NHKスペシャル」で'00年に放映された「四大文明」の「中国-黄土が生んだ青銅の王国」の監修などもした著者による、秦の始皇帝の実像を探った本。

 研究書と解説書の中間のような本。但し、文字面(ずら)の印象と異なり、読んでみれば比較的読み易いものですが、個人的には、事前に陳舜臣氏の『秦の始皇帝』を読んでいたため、尚のこと読み易かったように思います(治世の間の歴史的に重要な事件やイベントの数が多いので、どこかで一応予習しておいた方が読み易いかも)。

 陳舜臣氏は、秦がほぼ始皇帝の一代で滅びたため、子孫による弁解も無ければ粉飾も無く、むしろ後代の人による悪意の粉飾があることに注意しなければならないとしてましたが、本書においては、史料研究と考古学研究の両面から、より学問的見地に立って、「伝説と史実のはざま」を探ることで、始皇帝の実像をあぶり出そうとしています。

 多くの資料を読み解き、始皇帝に纏わる1つ1つの伝説的な出来事についての真偽、最も真実に近いものはどれかを考察していて、こうした手法は司馬遷が『史記』において採った方法でもありますが、本書の最大の特色は、その『史記』(の「秦始皇本紀」)を最大の検証ターゲットとしていることでしょう。

 但し、基本的には、秦王制の誕生から暗殺未遂事件(その時の状況のかなり詳しい真偽分析がなされている)、六国の滅亡、皇帝としての統一事業、国を支えた思想や諸制度、国内巡行や長城建設、そしてその死までを、順を追って解説しており、その点では、入門書として十分すぎるぐらい十分であり、その合間合間のポイントとなる出来事について、その真偽を探るという形がとられています。

 始皇帝は実は呂不葦の子ではなかったのかとか、この辺りは後に作られた話の可能性が高いという一般的な説を支持していますが、灌漑工事を指導した鄭国が外国のスパイだったという一般説には、疑問を拭いきれないとしていて、また、『史記』の記述の中にも、司馬遷の個々への思い入れが照射されている部分を推察したりするなどしており、興味深いものがありました。

 本書を読んで、始皇帝の代に造られた「砂漠に埋もれた長城」があるとの説もあるがまだ見つかっていないとか、その他に史料にある幾つかの史跡も所在がわからないとか、色々とまだ分からない部分が多いのだということが分かったという印象も。

 著者自身、始皇帝の5度にわたる国内巡行の足跡を辿るように中国各地を巡り歩いており、中国古代史研究は、史料と考古学の両面からアプローチしていくのが、もはや常套的な手法になっているということでしょうか。
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鶴間 和幸(つるま・かずゆき)
1950年生まれ
1974年 東京教育大学文学部史学科東洋史学専攻卒業
1980年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学
1980年4月〜81年3月 日本学術振興会奨励研究員
1981年 茨城大学教養部講師
1982年 同助教授
1985年4月〜86年1月 中国社会科学院歴史研究所外国人研究員
1994年〜96年 茨城大学教養部教授
1996年 学習院大学文学部教授
1998年 博士(文学)取得
■研究テーマ・分野
○中国古代帝国(秦漢帝国)の形成と地域
○秦始皇帝と兵馬俑
○東アジア海文明の歴史と環境

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