【1281】 ○ 金田一 秀穂 『「汚い」日本語講座 (2008/12 新潮新書) ★★★☆

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一見、気まぐれ、お手軽なようで、実は戦略的にこの言葉(「汚い」)を選んでいた?

「汚い」日本語講座.jpg 『「汚い」日本語講座 (新潮新書)』 ['08年]

 '06年から'07年にかけて、㈱パブリッシングリンクの電子書籍サイト「Timebook Town」('09年に終了)に連載されたもので、著者のゼミで「目くそ鼻くそを笑う」という言葉が話題に上るところから話は始まり、「汚い」とは何だろうか、というテーマでの学生との遣り取りが暫く続きます(取り敢えず、この言葉を選んでみたという感じに思えた)。

 Web本で、しかも学生との遣り取りをネタに書いていて、お手軽だなあとも思ったれども、「汚い」と「汚れている」「汚らしい」「小汚い」などとのそれぞれの違いなどの話は、辞書の上での意味の違いを超えて、感覚論、メタファー論へと拡がり、それなりに面白かったです。

 但し、前半は、著者自ら"ハウルの動く城"の如く、と言うように、話をどこへ持っていこうとしているのかよく分からず、(金田一先生がインタラクティブに授業を進めているのはよく分かったけど)ややじれったい感じも。

 それが、後半、「汚い」とは何かを更に突っ込んで、言語学から文化人類学、精神病理学、構造人類学へと話は転じて、仕舞いには人類の起源そのもの(考古人類学)へと遡って行くその過程は、もう話がどこへ行こうと、話のネタ自体が興味深かったというのが正直な感想でしょうか。

納豆.jpg 例えば、著者は、粘り気のあるものを食べるのは日本人だけであると言っても過言ではないとし、ネバネバするものは毒であるというのがホモサピエンスにとっての生物学的常識であるが、日本人は例外的にその判断基準を捨てることに成功し、お陰で納豆など食していると。

 或いは、2人でケーキを食べる時に、互いにチーズケーキとチョコレートケーキを頼むと、2人は当然のように相手の分を少しずつ分けて食べるが、2人が同じケーキを頼んだ時はそうしないのは、「比べる」理由がないからと言うよりも、そこに「共有」と「所有」の違いがあるためで、「所有」という意識は「余剰」により生まれるのではないかと。

家でやろう1.jpg 電車の中で化粧をするのが嫌われるのは、車内の空間が「共有」されていて、個人の裁量権が無いというのが一般的了解であり、その掟を守っていないためとのことらしいです(車内が混んでいれば混んでいるほど、「余剰」が無いから、空間を「共有」せざるを得なくなり、そこでの個人の「所有」は認められないということか、ナルホド)。

 20万年前にアフリカのどこかで発生したホモサピエンスが、ネアンデルタール人を凌駕したのは、言語を獲得したことに因るところが大であり、それでも15万年間はアフリカ大陸に止まっていたのが、5万年前に「出アフリカ」を果たし、その後、様々な気候風土に適応して地球上に広がっていく(ネアンデルタール人もアフリカを出たが、せいぜい現在のヨーロッパの範囲内に止まっていた)、それはホモサピエンスが、寒い地で衣服を工夫し、棲家を作り変えるなどしたためですが、そうした文明の礎もまた、言葉によるコミュニケーションが出来たからこその成果であり、ホモサピエンスはもう何万年経とうが(適応し切っているため)進化しないだろうとまで、著者は言い切っています。

 「汚い」というのは人間の原初的な感覚であり(著者は「恐い」に近いとしている)、それを察知出来るか出来ないかは生命に関わることであって、その感覚や対象となる事象を文節化された複雑な言語によって精緻なレベルで共有化出来た点に、ホモサピエンスの繁栄の源があった―ということで、最後、きちんと「汚い」というテーマに戻ってきているわけで、顧みれば、著者は当初から戦略的にこの言葉を選んでいたように思えました。

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This page contains a single entry by wada published on 2009年11月28日 00:02.

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