【1274】 ○ 倉橋 由美子 『偏愛文学館 (2005/07 講談社) ★★★★

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ポピューラーなものからマニアックなものまで多彩。読み解きに引き込まれた。

i偏愛文学館s.jpg 偏愛文学館 文庫.jpg  倉橋 由美子.jpg 倉橋 由美子(1935‐2005/享年69)
偏愛文学館 (講談社文庫)』['08年]
偏愛文学館 』['05年]

 倉橋由美子(1935‐2005/享年69)が39冊の小説を取り上げた「文学案内」で、'96-'97年に雑誌「楽」(マガジンハウス)にて「偏愛文学館」として連載され、その後'04-'05年に文芸誌「群像」(講談社)にて連載再開されたものを1冊にしたものですが、彼女は『星の王子さま』の新訳を亡くなる前月に脱稿し、刊行直前の6月10日に亡くなっていて、本書も奥付では'05年7月7日初版とあり、こちらも著者自身は刊行を見ずに逝ってしまったのでしょうか。

 安部公房と並んでカフカの薫陶を受けた作家として、或いは、大江健三郎と並んで学生時代にデビューした作家として知られ、更には、日本的な私小説を忌避し、今で言う村上春樹に連なるようなメタフィジカルな世界を展開した作家として知られていますが、一筋縄ではいかない作家が自ら"偏愛"と謳っているだけに、自分には縁遠い作家の作品が並んでいるのかなと思いきや、意外とポピュラーな作品が多く、「読書案内」であることを意識したのかなあと。

 夏目漱石は『吾輩は猫である』と並んで愛でるべきは『夢十夜』であるとか、内田百閒の短編では「件(くだん)」が一番の傑作であるとしていたり、『聊斎志異』を愛してやまないとか、うーん、何だか親近感を覚えてしまい、丁寧な読み解きに引き込まれました。

 中盤の外国文学作品の方が、作品の選択自体に"偏愛度"の高さが感じられ、入手不可能に近い本を取り上げるのは気が引けるがとしつつ、マルセル・シュオブ「架空の伝記」を取り上げていて(話の中身は面白そう)、ジョン・オーブリーの「名士小伝」もそうだし、海外の作家で2回登場するのがイーヴリン・ウォーだったりします(日本の作家で2回登場するのは、この人の場合、やはり吉田健一)。

 一方で、そうした外国作品の中にジェフリー・アーチャーの『めざせダウニング街10番地』なんてのがあるのがちょっと意外で(日本の作品の中にも、宮部みゆきの『火車』があり、映画「太陽がいっぱい」と結末が似ているとしている)、読者を意識してと言うより、本人が本当に読むことを満喫しているのが伝わってきます。

 自殺した作家を原則認めないとしながらも、太宰治、三島由紀夫、川端康成は別格みたいで、よく知られている作品でも、作家の読み方はやはり奥が深いなあと思わされる面が随所にありました。
 一方で、カミュの『異邦人』の読み方などには、自分と相容れないものがありました。
 
 別々の雑誌の連載の合本であるためか、1作品について10ページ以上にわたり解説されているものもあれば3ページ足らずで終わっているものもあり、あれ、これで終わり? もっと読みたかった、みたいな印象も所々で。
 (単行本には、どちらの雑誌に掲載されたものか典拠が無いのが、やや不親切。結果的に追悼出版となり、刊行を急いだ?)

 【2008年文庫化[講談社文庫]】

《読書MEMO》
●紹介されている本
夏目漱石『夢十夜』
森鴎外『灰燼・かのように』
岡本綺堂『半七捕物帳』
谷崎潤一郎『鍵・瘋癲老人日記』
内田百閒『冥途・旅順入城式』
上田秋成「雨月物語」「春雨物語」
中島敦『山月記・李陵』
宮部みゆき『火車』
杉浦日向子『百物語』
蒲松齢『聊斎志異』
蘇東坡『蘇東坡詩選』
トーマス・マン『魔の山』
フランツ・カフカ『カフカ短篇集』
ジュリアン・グラック『アルゴールの城にて』『シルトの岸辺』
カミュ『異邦人』
ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』
ジュリアン・グリーン『アドリエンヌ・ムジュラ』
マルセル・シュオブ「架空の伝記」
ジョン・オーブリー「名士小伝」
サマセット・モーム『コスモポリタンズ』
ラヴゼイ『偽のデュー警部』
ジェーン・オースティン『高慢と偏見』
サキ『サキ傑作集』
パトリシア・ハイスミス『太陽がいっぱい』
イーヴリン・ウォー「ピンフォールドの試練」
ジェフリー・アーチャー『めざせダウニング街10番地』
ロバート・ゴダード『リオノーラの肖像』
イーヴリン・ウォー『ブライツヘッドふたたび』
壺井栄『二十四の瞳』
川端康成『山の音』
太宰治『ヴィヨンの妻』
吉田健一『怪奇な話』
福永武彦『海市』
三島由紀夫『真夏の死』
北杜夫『楡家の人びと』
澁澤龍彦『高丘親王航海記』
吉田健一『金沢』

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