【827】 ○ コリン・ウィルソン (大庭忠男:訳) 『殺人百科 (1963/06 彌生書房) ★★★★

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殺人者研究は我々自身を知ることに繋がる...とは言え、あまりに強烈な殺人鬼たち。

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殺人百科』(1963/06 彌生書房)/自伝『コリン・ウィルソンのすべて』(上・下)

 切り裂きジャック、少女を煮て食べる変態男、棺のコレクションを楽しむ女、若妻の乗った飛行機を爆破した男、夫を募集しては斧でバッサリ殺る女、恐怖の人間ゴリラ(?)、死体を売る夫婦...etc. 古今のショッキングな殺人事件のオンパレードで、これを著したのが、25歳で『アウトサイダー』を世に出し実存主義に対する独自の観点で一世を風靡した鬼才であることを知らず、且つ、「殺人の研究」と題された哲学・社会学的論文が本書に無ければ、単なる殺人記録の蒐集マニアが書いたと思われるかも知れません。

 実際、著者はこれを「読み物」として書いたと言ってますが、それは各事件への考察において彼自身の思想を持ち込むことを避け、出来るだけ真実を的確に表していると思われる記録を記述するように努めたということではないでしょうか。

 冒頭の「殺人の研究」においては(この中でも、ジェイムズ・エルロイのセミ・ノンフィクション小説で知られるブラック・ダリア事件など多くの殺人事件が紹介されている)、殺人者を研究することは我々自身を知ることに繋がるとしていますが、本書で紹介されている殺人は、実際の殺人事件の大部分を占める酒場での喧嘩に端を発したような偶発的殺人ではなく、殺人鬼と呼ぶに値する者による「計画殺人」です。

 彼らは単に異常者であり、我々とは別次元の人間なのか? 著者によれば、殺人者に欠けているのは、生命の価値への認識であるが、我々の全てがある程度それを欠いていて、殺人はその普遍的な欠乏の表明であると(著者は死刑廃止論者でもある)。

 訳本では、300もの殺人事件が載っている原著の5分の1ほどしか拾っていませんが、古典的に有名な殺人犯はよく網羅していて(映画「陽の当たるあたる場所」や「殺人狂時代」のモデルになった殺人犯から、果てはアル・カポネやナチのアイヒマンまで出てくるが)、圧巻は、デュッセルドルフの「怪物」と言われたペーター・キュルテンで、平凡そうな日常生活の裏側で為された猟奇的な犯行の数々は、精神鑑定にあたったベルク教授をして「変質者の王」と言わしめ(故に教授は彼の死刑に反対したが)、死刑執行が凍結されていた当時(1931年)のドイツにおいて執行を再開する契機となりました。

ペーター・キュルテンの記録.jpg ペーター・キュルテンは処刑の日の朝の様子は、「彼は、朝食―カツレツ、ポテトチップス、白ブドー酒―をおいしそうに食べ、お代わりを要求した。そしてベルク教授に向かい、最後の望みは、自分の血がしたたり落ちる音を聞くことであると言った。彼はギロチンにかけられたが、首が胴体を離れる時間まで愉快そうに見えた」ということです。漫画家・手塚治虫は、キュルテンの事件を題材にした短編「ペーター・キュルテンの記録」を1973(昭和48)年に発表しています(『時計仕掛けのりんご-The best 5 stories by Osamu Tezuka 』('94年/秋田文庫)所収)。

「漫画サンデー」(実業之日本社)

 【1963年単行本・1993年改訂増補版[彌生書房]】

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