【822】 ○ 田中 宇 『イラク (2003/03 光文社新書) ★★★★

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イラクの政治・宗教・経済・市民生活などを知る上ではわかりやすい入門書。

イラク.jpg 『イラク (光文社新書)』〔'03年〕 タリバン.jpg 『タリバン (光文社新書 (003))』〔'01年〕

 イラク戦争開戦('03年)直前のイラクの政治・宗教・経済・市民生活などを知る上では、わかりやすく書かれた本で、ペルシャ帝国来のイラクの歴史についても触れられていて、今読んでも充分参考になります。

 著者の田中宇(たなか さかい)氏は元共同通信者記者でフリーの国際ジャーナリスト、同じ光文社新書では、創刊ラインアップの1冊として『タリバン』を「9.11同時多発テロ」の翌月に上梓していますが(内容的にはタリバン自体よりもアフガン情勢が主)、本書『イラク』の刊行は、イラク戦争におけるアメリカの爆撃開始直前でした(実際、戦争を予想して本書は書かれている)。

 田中氏は、ウェブ上の海外サイトで情報収集し、自らのニュースサイトに記事を書き、更に解説メールの配信を行うことを中心に活動していますが、『仕組まれた9.11』('02年/PHP研究所)など、ネット情報のどの部分を拾ってきたの?といった内容の本もあり、但し、この『タリバン』と『イラク』については現地取材をしていて、とりわけ、インターネットとは逆の"地を這うような"目線で書かれた部分が多い本書『イラク』は、日本人の知らないイラクの人々の一面が描かれていて興味深いものでした。

 小学校の取材では、独裁政権下でスローガンを連呼する小学生が何となくラテン的だったり、クルド人の生徒が拍手で紹介されるようなヤラセっぽい演出があったり、また、バクダッド市内には、日本の秋葉原や六本木とよく似た雰囲気の街があり、そこで働く若手事業家は...といった具合で、この辺りの淡々としたルポルタージュ感覚がいい。

 僅か2週間の滞在で、しかも、当局が用意した"取材ツアー"の枠内での取材が多かったようですが、劣化ウラン弾に汚染された街なども取材して、白血病・癌などの子供が多く入院する病院とその近くにある子供専用墓地が痛ましいです。

 政情分析についても、湾岸戦争後の経済制裁でフセイン政権への求心力が強まり、その後の制裁緩和で求心力が失われたとか、「戦争が近い」という状況がアメリカ側・イラク側両方の政権にとって好都合なものであるといった分析は、あながちハズレではないのでは(あまり強調しすぎると「仕組まれた9.11」のような論調になってしまうのだろうけれど)。

 前段の歴史解説の部分で、中近東の宗教的対峙が、オスマン帝国を解体しようとした西欧列強に起因することはおおよそ知識としてありましたが、「シーア派」の教義は被征服国ペルシャの宗教をコーランに当て嵌めたもので、偶像崇拝的な面があるというのは初めて知り、聖地の廟を訪れる人たちの様は「浅草詣」っぽく、廟の金具を触ったり額をくっつけたりするのは、柱に触ると縁起がいいという「善光寺詣」に似ているのが、個人的には興味深かったです。

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