【493】 ◎ 三島 由紀夫 『鏡子の家 (全2巻)』 (1959/09 新潮社) ★★★★★

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自分の4つの「ペルソナ」を通して描いた自らの「ニヒリズム研究」。

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鏡子の家 第一部・第二部 (1959年)』/『鏡子の家 (新潮文庫)』 (全1巻) 〔'64年〕

 鏡子という巫女的な女性を軸に、そのサロンに集うサラリーマンの清一郎、ボクサーの峻吉、俳優の収、画家の夏雄という4人の青年の虚無を描いた、30代前半の作者初の長編書下ろし小説。

 '58(昭和33)年3月に起稿し、翌年6月に脱稿していますが、物語は'54年に彼らが勝鬨橋を見に行くところから始まる2年間の出来事で、ほとんど東京とニューヨークだけを舞台とした"現代"小説であるとともに、「芸術的完成度を捨てて、できるだけラフなものにした」と作者自身が述べたように、読みやすいものになっています。

 4人は何れも徹頭徹尾、人生の虚無や世界の破滅の予感に囚われていて、物語の中盤までにおいて、清一郎は恵まれた結婚と将来の嘱望を、俊吉はボクシング王座を、収はボディビルによる鋼の肉体を、夏雄は画壇での名声を手に入れます。
 しかし彼らのニヒリズムには信念に近いものがあり、そうした彼らのうち誰がどういった破滅への道を辿るのかという小説的な関心も引きますが、作者自身は、この小説を自らの「ニヒリズム研究」だとしており(『裸体と衣装』)、まさにそうだと思います。

 発表当時は批評家から酷評され、三島ファンの中でも好き嫌いが極端に割れる作品ですが、個人的には好きな作品です。
 エリート清一郎の何も信じないシニカルぶりや、収の肉体改造による変化、夏雄が神秘主義にはまったのちに芸術に回帰する一方、峻吉は最後は制服に身を包む右翼結社の一員になっていることなどから、4人が作者の分身であることは明らかで、「人工小説」であると割り切って読むと、「三島」という人物を探る上で大変興味深く読めるのです。
 このことが自分がこの小説が好きな理由の1つかも知れず、三島に興味が無い人は、この小説にも関心が湧かないかも知れない。

 「鏡子の家」のモデルはあるそうで(故ロイ・ジェームス夫人のサロン)、実際そこには、文化芸能人から野球選手、ゲイボーイ、寿司屋の店主までいろいろな人が出入りしてたらしく、この小説を読むと、その中にいる三島が何となく思い浮かびます。
 
 今回再読して思ったのは、気高くかつ退廃的で時に母性的な「鏡子」は、魅力的というよりは実在し得ない人物像に近く、自己愛型の三島が真に描きたかったのは、自分の4つの「ペルソナ」であるということで(4人ともナルシストだし)、そう考えると「鏡子」には、その取り纏め的な狂言回しの役割を負わせているようにも思えてきました。

 因みに「鏡子の家」は、「ザ・ヤクザ」('74年/米)、「タクシードライバー」('76年/米)の脚本家ポール・シュレイダーの監督作「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年/米・日)の中の1話として映像化されていますが、この作品そのものが三島家側から日本での公開許諾が得られていないため、現時点['06年]ではなかなか観るのが難しい状況にあります。
MISHIMA:4X1.jpgMishima kyoko no ie2.jpgMishima 21 Kenji Sawada Osamu.gifポール・シュレイダー (原作:三島由紀夫) 「鏡子の家」―「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」 (85年/米・日) ★★★★(美術:石岡瑛子/「鏡子の家」主演:沢田研二)
Mishima: A Life in Four Chapters (1985)
Mishima A Life in Four Chapters (1985).jpg「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」●制作年:1985年●制作国:アメリカ・日本●監督:ポール・シュレイダー●製作:山本又一朗/トム・ラディ●脚本:ポール・シュレイダー/レナード・シュレイダー/チエコ・シュレイダー●撮影:ジョン・ベイリー/栗田豊通●音楽:フィリップ・グラス●美術:石岡瑛子●原作:三島由紀夫●120分●出演:●[フラッシュバック(回想)]緒形拳/利重剛/大谷直子/加藤治子/小林久三/北詰友樹/新井康弘/細川俊夫/水野洋介/福原秀雄 [1970年11月25日]緒形拳/塩野谷正幸/三上博史/立原繁人(徳井優)/織本順吉/江角英明/穂高稔 [第1章・金閣寺]坂東八十助/佐藤浩市/萬田久子/沖直美/高倉美貴/辻伊万里/笠智衆<(米国版のみ) [第2章・鏡子の家]沢田研二/左幸子/烏丸せつこ/倉田保昭/横尾忠則/李麗仙/平田満 [第3章・奔馬]永島敏行/池部良/誠直也/勝野洋/根上淳/井田弘樹●米国公開:1985/10●DVD発売:2010/11●発売元:鹿砦社(『三島由紀夫と一九七〇年』附録)(評価:★★★★)

 【1959年単行本[新潮社(全2巻)]/1964年文庫化[新潮文庫]】

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