「●た 高杉 良」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【441】 高杉 良 『青年社長』
商品券の処理方法を巡ってのちまちました話? 悲喜劇的要素もあるがリアリティもあった。
『人事権』['92年]/『人事権! (講談社文庫)』
この小説の舞台となる中堅の損保会社で決定的な"人事権"を握っているのは、ワンマン会長の石井です。主人公の会長付の秘書・相沢は、絵画が趣味の石井会長に個展を開くよう勧めるが、それは石井の絵が才気溢れたものに思えたからで、石井もまんざらではない気分。開かれた個展を見に来たN證券の田端社長に乞われ、石井は、自筆絵画"ベニスの赤い家"を田端に譲るが、その謝礼として田端から石井宛に1千万円の商品券が送られてくる。石井がそれを受け取ろうとするのを見て、相沢はさすがに返すよう石井を諌めるが石井は返さず、相沢自身もつい石井からその一部を受け取ってしまう。しかし相沢は、その自分が受け取った商品券の処理方法を契機に石井の怒りを買うことになり、一方田端は、石井に主幹事の座を要求してくる―。
社長の名前などからも、N證券のモデルは野村證券であることがすぐに思い浮かび、同社をモデルにした証券会社の主幹事争いの話は、『小説 新巨大証券』でも重要なプロットの1つになっていますが、『人事権』の話のスケール自体は著者の他の小説に比べてそれほど大きくはありません。むしろ、ちまちましているのですが、逆にそれだけに人の心理と行動がよく描けていると思います。
主人公の相沢も商品券の一部を会長から受け取ってしまったわけで、さらにそれを同僚に配り、同僚がさらに部下に配り、その結果思わぬ事態に...と、何か悲喜劇的要素もあるけれども、リアリティもスゴくありました。
主人公にも普通以上の正義感はあるものの、決して清廉潔白な聖人というわけではなく、また専制君主的会長に仕えているために、図らずも黒でも白でもないグレーな立場になってしまうというのは、何か簡単には笑い飛ばせないものがありました。でもこの小説にも、最後は著者らしい救いがあったように思います。
【1995年文庫化[講談社文庫(『人事権!』)]/2011年再文庫化[徳間文庫(『人事権!』】