【2577】 ○ 桐野 夏生 『夜の谷を行く (2017/03 文藝春秋) ★★★☆

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「過去の記憶は作られるものである」がテーマである作品に読めてしまったのだが...。

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  あさま山荘Asama_sansou.jpg 浅間山荘(2009年)
夜の谷を行く』(2017/03 文藝春秋)

 連合赤軍が起こした「あさま山荘」事件から四十年余。その直前、山岳地帯で行なわれた「総括」と称する内部メンバー同士での批判により、12名がリンチで死亡した。西田啓子は「総括」から逃げ出してきた一人だった。親戚からはつまはじきにされ、両親は早くに亡くなり、いまはスポーツジムに通いながら、一人で細々と暮している。かろうじて妹の和子と、その娘・佳絵と交流はあるが、佳絵には過去を告げていない。そんな中、元連合赤軍のメンバー・熊谷千代治から突然連絡がくる。時を同じくして、元連合赤軍最高幹部の永田洋子死刑囚が死亡したとニュースが流れる。過去と決別したはずだった啓子だが、佳絵の結婚を機に逮捕されたことを告げ、関係がぎくしゃくし始める。さらには、結婚式をする予定のサイパンに、過去に起こした罪で逮捕される可能性があり、行けないことが発覚する。過去の恋人・久間伸郎や、連合赤軍について調べているライター・古市洋造から連絡があり、敬子は過去と直面せずにはいられなくなる―。

食卓のない家2.jpg 「連合赤軍事件」を素材にした小説を読むのは、個人的には、円地文子の『食卓のない家』('79年/新潮社)以来でしょうか。この『夜の谷を行く』では、1971年から1972年にかけて連合赤軍が起こした「山岳ベース事件」での死亡者15名(処刑による死亡4名、自殺1名(東京拘置所で首吊り自殺した森恒夫)を含む)の名前が実名で出てきます。そして事件の40年後の2011年2月に永田洋子が脳腫瘍のために獄中死する前後から物語は始まり、主人公の啓子(架空の人物)は「総括」から逃げ出してきた一人で、彼女の思念は、現在と事件を回想する過去を行き来します。彼女は、事件を起こしたグループの中核とは距離を置いていたという自己認識で人生を生きてきたつもりだが...。

 まさにタイトル通り"夜の谷を行く"ような、最小限の"世間"としか交流しないような主人公の生活があり、永田洋子の死を契機に、主人公は過去と向き合おうとしますが、そこで思ってもみなかった事実を突き付けられます。それまでも夜の谷を行くような生き方をせざるを得なかったのに、最後にまた更に、主人公を奈落の底に突き落すのか(この作者らしい(?))といった感じでしたが、最後の最後にやや救いがありました(古市洋造ってやはり"ワケあり"だったなあとは思ったが、ここまでは読めなかった。推理的要素はこの部分のみ)。

 ラスト20ページで、昔の"仲間"から媒介者を通して自分が当時、仲間からどう見られていたかを教えられて愕然とし、ラスト2ページで、その情報媒介者である古市の正体が知らされる―でも、考えてみたら、どちらも主人公が本来ならば思い当たりそうなことであり、それに気づかないということは、それだけ「過去の記憶は作られるものである」ということを表しているのかもしれません。主人公を奈落の底に突き落したことの原因も、「過去の記憶は作られるものである」ことに起因し、主人公が目の前にいる人物の正体に思い当たらないのも、「過去の記憶は作られるものである」ことに起因しているわけであって、この辺りの作りは上手いと思いました。但し、その部分が強烈過ぎて、そのこと(「過去の記憶は作られるものである」こと)がテーマである作品に読めてしまったのですが、それは、"テーマ"と言うより"モチーフ"に過ぎないかもしれません。

 作者の言葉を借りれば(自身が新聞等のインタビューで述べている)、「女の立場」からの連合赤軍の問題、特に「総括」という名目で同志を殺害した出来事に迫った作品であることは確かであるとは思います。その流れで、結末を、当時の"メンバー"の女性たちが目指していたものが結実したと読む読み方もあるかと思いますが、そちらの方が"テーマ"性はありますが、そうなるとやや都合主義的な結末のような気もします。個人的評価としては、微妙なところでした。

 余談になりますが、1974年から1975年にかけて起きた「連続企業爆破事件」では大道寺将司と益永利明の死刑判決が確定しましたが、大道寺将司元死刑囚は今年['17年]5月に病死し、益永利明死刑囚は東京拘置所に収監中、そして「連合赤軍・山岳ベース事件」では、永田洋子と坂口弘の死刑判決が確定しましたが、永田洋子死刑囚は病死し、坂口弘死刑囚は東京拘置所に収監中です。「連続企業爆破事件」では、共犯者の大道寺あや子と佐々木規夫が日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件で、超法規的措置で釈放され出国して国際指名中であり、「連合赤軍・山岳ベース事件」では共犯者である坂東國男が逃亡中(国外か?)で、何れもその裁判が終了していないため、「連続企業爆破事件」の坂口弘死刑囚や「連合赤軍事件」の佐々木規夫の死刑が執行される見通しは今のところないようです。死刑を執行しないのは、事件が"確信犯"によるものであるからとか、再審請求中であるからということで執行しないわけではなく、事件関係の逃亡犯や公判中の者がいることが理由であるようで、それで言うと、13人もの死刑囚を出した「オウム真理教事件」は、2012年、高橋克也が逮捕され、オウム事件で特別指名手配されていた全員が逮捕・起訴されたものの、高橋克也関連の公判が続いているため、現時点では執行は無いようです(高橋克也の公判が終わったらどうなるのか?)

《読書MEMO》
●「オウム真理教事件」死刑囚のその後
2018年1月18日付で最高裁は高橋克也の上告を棄却、一・二審の無期懲役判決が確定し、高橋は上告棄却決定を不服として異議申し立てを行ったが、最高裁は2018年1月25日付でこの異議申し立てを退ける決定、これにより無期懲役判決が確定した。同年3月14日、麻原(松本智津夫)を除く死刑囚12人のうち7人について、死刑執行設備を持つほかの5拘置所への移送が行われ、7月6日、麻原ら7名の死刑が執行され、20日後の7月26日、残る小池(林)泰男ら6名の死刑が執行された。

【2020年文庫化[文春文庫]】

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