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「話」としては"いい話"が多くなってきているが...。ややネタ枯れ気味?
『張り込み姫 君たちに明日はない 3』(2010/01 新潮社)
リストラ請負会社「日本ヒューマンリアクト」に勤め、所謂"クビ切り面接官"を仕事とする村上真介を主人公としたシリーズの第3弾で、「ビューティフル・ドリーマー」「やどかり人生」「みんなの力」「張り込み姫」の4話を所収。
山本周五郎賞受賞作の第1弾『君たちに明日はない』は、建材メーカー・玩具メーカー・メガバンク・コンパニオン派遣会社・音楽プロダクションが、第2弾の『借金取りの王子』は、老舗百貨店・生保会社・消費者金融・温泉旅館がそれぞれ舞台でしたが、今回の第3弾は、英会話学校、大手旅行代理店、車ディーラーの自動車整備士、大手出版社の写真誌記者といった業界・職種を扱っています。
「小説新潮」の連載で、間歇的な連載とはいえ毎回異なった業界を扱うのは相当骨が折れるのではないかと思われ(ここまで通算13話)、その取材努力は評価したいと思いますが、主人公の真介と8歳年上の陽子のプライベートな男女の話は"安定期"に入ったのか後退し、面接場面が中心のパターンが続くだけに、ちょっぴりマンネリ感も。
そうしたことも意識してか、真介と彼が面接する被面接者たちの両方の視点から描くスタイルは変わらないものの、今回はいずれも被面接者たちの考え方や生き方に主に焦点が当てられているように思われました。
彼らの中にもこれまでの登場人物と同様にリストラ勧告によって困惑する姿も見られますが、一方で彼らは自力で、または周囲の協力を得て新たな一歩を踏み出すことになり、顧みればリストラが次のキャリアへの転身、再出発への契機になった―といった"能動的" "前向き"な話が多くなっています。
その分、「話」としての読後感は悪くないのですが、作者が登場人物を予め"転身可能性"を充分に秘めた人物として描いていて、そのため個々の苦悩の部分がやや薄く感じられたり、登場人物の再出発がうまくいくようにしようとし過ぎていて、話が出来過ぎていたりする感じも。主人公もすごくいいヒトになっちゃったし。
「話」としては、ひとりの自動車整備工の再出発を多くの仲間が陰で支える「みんなの力」が一番の"感動作"ということになるのでしょうが、「小説」としては、旅行代理店の社員が謎めいた立ち振舞いを見せる「やどかり人生」が、プロセスにおいては面白かったかなあ(最後は「なあんだ、そういうことか」という感じではあるのだが)。
「やどかり人生」「みんなの力」共に作者の趣味や経歴に近い世界の話であり、表題作「張り込み姫」の舞台は、この連作の掲載誌の版元がモデルということで、ややネタ枯れ気味なのか?
【2012年文庫化[新潮文庫]】