【1154】 ○ 荒井 千暁 『職場はなぜ壊れるのか―産業医が見た人間関係の病理』 (2007/02 ちくま新書) ★★★★

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企業のメンタルヘルス対策の底の浅さ、考課システムから抜け落ちるアナログ面を指摘。

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職場はなぜ壊れるのか―産業医が見た人間関係の病理 (ちくま新書)』『こんな上司が部下を追いつめる―産業医のファイルから (文春文庫)

 前著『こんな上司が部下を追いつめる-産業医のファイルから』('06年/文芸春秋、'08年/文春文庫)は、職場で業務に追われて過労死し、或いはそこまでいかなくとも、精神的余裕を失っている労働者の背後には、部下の仕事をマネジメントする意識が薄く、何らサポートせず何もかも部下に押しつけて部下を追い込み、人材潰しをしている上司がいることを、産業医の視点からリアルに指摘していましたが、働く側の共感を得るところが大きかったのか、よく売れたようです(それなりの数の上司たる人も読んだとは思うが)。

 但し、「こうした問題を組織体としてどうするかを考えるのがカイシャではないか」という意見も前著には寄せられたようで、個人的にも、サラッと読めて終わってしまった物足りなさのようなものがありましたが、本書はそれに応える形で、上司個人の問題からより踏み込んだ「職場の人間関係」に視野を拡げ、その背景にある人事システム、端的に言えば「成果主義」に対する、問題点の指摘と批判を行っています。

 前半部分は、事例を挙げて前著をリフレイン(現象面の表記)している感じでしたが、中盤から、成果主義がもたらした職場における人間関係の変容や、目標管理・人事考課制度の問題点などを指摘していて、ぐっと考察が深まる感じ。
 但し、成果主義に警鐘を鳴らしながらも、それに代わるシステムを提唱することは、(ここまで企業の人事制度等の内実に通暁していれば、出来ないこともないのだろうが)「専門外」であるとして敢えて行っておらず、そのことに対する批判もあるかも知れませんが、個人的にはむしろ、自らの専門領域に留まることで、メンタルヘルス対策に対する国や企業、医療関係者のあり方への痛烈な批判の書となっているように思えました。

 例えば、過労自殺を巡る裁判のあった会社の「結果を厳粛に受け止め、社員の健康管理について改善を進めたい」というコメントに対し、「労働衛生の3管理」と言われる「作業環境管理、作業管理、健康管理」は、この順番で優先されるべきであり、「健康管理」よりも先に「作業環境管理」や「作業管理」を行わなければならない(社員を守るのは「健康管理」ではない)と著者は述べていますが、この点をわかっている経営者はどれぐらいいるでしょうか。

 ひと月当たり100時間を超える時間外労働をした人が疲労を訴えた場合は、医師による面談を行うことが、安衛法の改正により義務づけられましたが、労働者が「ノルマが達成できない」と言えば「達成できるノルマに代えてもらったら?」と言い、「仕事が終わらない」と言えば「社員を増やしてもらったら」と医師が言うだけでは、労働者にとっては何ら解決にならず、却って落ち込むというのは、確かにその通りで、労基署の監督官などにも、これに近い対応が見られるのではないでしょうか。

 人事制度そのものには踏み込んでいないものの、目標管理と人事考課のデジタルな連動には大いに疑念を挟んでいて、個人的には成果主義そのものが悪であるとは思わないのですが(著者自身も、そうした仕組みを入れざるを得ない業態があることを認めている)、人事考課がゲーム感覚となり、人事のアナログの部分が抜け落ちてしまうことを著者が指摘している点は、大いに共感しました。

 アナログ面、例えば、職場のモラルとか...。上司が部下を立たせたまま長時間にわたり説教してたり、女子社員が机に伏して泣いているのに周りの社員は「またか」と言う感じで仕事を続けている、といった職場は、どれだけ業績を上げていても、やはり「壊れている」のだろうなあ。

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