【1004】 ○ 安部 公房 『カンガルー・ノート (1991/11 新潮社) ★★★☆

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初期作風に回帰した遺作。もっと長生きしていれば、ノーベル文学賞?

カンガルー・ノート.jpgカンガルー・ノート』['91年/新潮社] カンガルー・ノート 新潮文庫.jpgカンガルー・ノート (新潮文庫)

 ある日突然、脛に「かいわれ大根」が生えてきた男は、病院でベッドに括りつけられ、生命維持装置を付けられたまま、賽の河原を巡る黄泉の国への旅へ―。

安部公房.jpg 1991(平成2)年末に刊行された安部公房(1924‐1993)の最後の長編で、この人、最後まで前衛を貫いたなあと思わせる作品。むしろ、人体と植物の共生なんて、初期作品「デンドロカカリヤ」あたりに遡って、SFチックな前衛ぶりが甦っている感じもします。

脱走と追跡のサンバ2.jpg  個人的には、このシュールで突拍子も無い展開の連続は、筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』('71年/早川書房)の遁走劇に似ているなあと思ったりしました(この2人の作品には他にも似ているように思えるものがあるが、安部公房の出自はSFであるとも言えるから、大いにあり得ることか)。

 但し、この作品が、作者が大病での入院生活を送った後、多分に死というものを意識しながら書いたものであろうことを思うと、他の安部公房作品よりも個人的な体験が色濃く滲んでいるものと言え、ドナルド・キーンは、彼の作品の中で「最も私小説的」だと言っています。

 それは、作品テーマの1つである死の無意義性が、表現において「死を嘲る」という形で現れていることからも見てとれ、結果として、1年余り後の'93年1月に亡くなっていることを思うと、少し痛々しい気もします。

村上春樹 09.jpg 〈カンガルー〉というモチーフは、村上春樹にも『カンガルー日和』('83年/平凡社)という短篇集があり、日本のノーベル文学賞候補者2人が、この動物名を作品タイトルに用いているのが何となく面白いです(25歳年下の村上氏の方が先に使っている)。

 そのノーベル文学賞が11歳年下の大江健三郎にもたらされたのは、安部公房が亡くなった翌年で、大江氏は、安部公房がもっと長生きしていれば、ノーベル文学賞を受賞したであろうと言っていますが、もともと安部公房は国内よりも海外で早くに評価された作家であることからしても、その通りだと思います。

 【1995年文庫化[新潮文庫]】

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