【813】 ○ 氏家 幹人 『大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代』 (1999/09 平凡社新書)《『増補 大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代』 (2016/02 平凡社ライブラリー)》 ★★★☆

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花のお江戸には死体がいっぱい!? 刀剣試し斬りの"専門職"の仕事ぶりを紹介。

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大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代 (平凡社新書 (016))』〔'99年〕 増補 大江戸死体考 (平凡社ライブラリー)』〔'16年〕

 本書によると、江戸の町では人の死体というものが生活に身近にあったらしく、町中ではしばしば行き倒れの死体が見られ、水辺には水死体が漂着するなどし、汐入あたりでは水死体を見つけても隅田川の流れに戻してやれば、とりあえず目付に届けなくてもよかったとか。小塚原の刑場に行けば、処刑後の死体が野晒しになっていたようですが、本書では、こうした水死・首吊り・心中・刑死などによる死体が当時どう扱われたかに触れ、刀剣試し斬り武芸者「人斬り浅右衛門」を軸に、検死や試し斬りの模様、更には「生き胆」売買といったアンダーワールドな世界を紹介しています。

首斬り朝.jpg 「人斬り浅右衛門」こと「山田浅右衛門」は、綱淵謙錠の小説『斬』や柴田錬三郎の『首斬り浅右衛門』、そして何よりも小池一夫原作の劇画『首斬り朝』で知られていますが、「浅右衛門」とは1人の人物ではなく、御様御用(おためしごよう、刀剣試し斬りの"専門職")として将軍家の御用を務める山田家の当主が、江戸初期から明治維新まで8代に渡って名乗ったもの(歴代8人いたということ)。処刑後の罪人の死体などで刀剣の切れ味を試す「ヒトキリ」が本職で、実際の処刑に該当する「クビキリ」は"アルバイト"だったとのことです。

刑吏の社会史.jpg 身分は浪人でしたが、周囲から極度に忌み嫌われていたわけでもなく、刀剣鑑定の専門家でもあったため幕府の中枢人物との交遊もあったようで、この辺りは、阿部謹也『刑吏の社会史』(中公新書)にあるように中世ヨーロッパの刑吏が市民から賤しまれたのとは随分異なるなあと思いました(正確には、「浅右衛門」は刑吏ではないが、時として同じ役割を担ったことになる)。一族は、死体を供養するために三ノ輪(小塚原付近)に寺を建立したりしている、一方で、山田家が平河町に比較的大きな屋敷を構える生活が出来たのは、死者の臓器を薬として"専売"していたため( 所謂「生き胆」売買)だったらしい。

 かなりマニアックで、多少グロテスクでもありますが、語り口は軽妙、平凡社新書の初期ラインアップの中ではベストセラーになった本。著者の本はときどき史料と話題が氾濫し、消化不良を起こしそうになることがありますが、後書きにもあるように、この本については余分な史料を削ぎ落とすよう努めたということで、それが成功しています。

【2016年増補版[平凡社ライブラリー(『増補 大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代』)]】

《読書MEMO》
●2016年に「人斬りの家・女の家」(『ジェンダーで読み解く江戸時代』['01年/三省堂]所数)が増補され平凡社ライブラリーとして再刊。

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