【3165】 ◎ 逢坂 冬馬 『同志少女よ、敵を撃て (2021/11 早川書房) ★★★★☆

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主人公の「敵」は誰であるか。最後に彼女が銃口を向けたのはイリーナではなく―。

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同志少女よ、敵を撃て』装画:雪下まゆ

『同志少女よ、敵を撃て』評.jpg同志少女よ、敵を撃て honya.jpg 2022(令和4)年・第19回「本屋大賞」第1位(大賞)作品。2021(令和3)年・第11回「アガサ・クリスティー賞(大賞)」(早川書房・公益財団法人早川清文学振興財団主催)受賞作。2022(令和4)年度・第9回「高校生直木賞(大賞)」(同実行委員会主催、文部科学省ほか後援)受賞作。2021(令和3)年下半期・第166回「直木賞」候補作。

 独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」―そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした"真の敵"とは―。

 作者自身も述べているように、2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの主著『戦争は女の顔をしていない』に触発されて書かれた小説で、同書は、独ソ戦に従軍した女性たちへの綿密なインタビューをもとに、「男の言葉」で語られてきた戦争を、これまで口を噤まされてきた女性たちの視点から語り直した証言集ですが、そのほかに、実在した天才狙撃手リュドミラ・パヴリチェンコの回想録『最強の女性狙撃手』などから完成された本物のスナイパーの在り様を参照し、さらに、作中でも引用している『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』からは、人を殺めることへの罪悪感が消失する瞬間を描出しています。

 直木賞の選評では、三浦しをん氏が強く推したのに対し、浅田次郎氏の「戦争小説には不可欠なはずの、生と死のテーマが不在であると思えた。主人公が敵を憎みこそすれ戦争に懐疑しないというのは、たとえ現実がそうであろうと文学的ではない」などといった意見もあり、受賞を逃していますが、もともとこの回は米澤穂信氏の『黒牢城』が候補作にあったりしてレベルが高かったのと、あと、この作品が作者の処女作であることから、もう少し他の作品も見てみたいというのも選考委員の間にあったのではないでしょうか。選考委員の一人である宮部みゆき氏も、「作品は素晴らしいが、新人賞受賞作で初ノミネート、いきなり受賞はためらわれる」として見送りになったかつてのケースと同じだと、述べています。

 浅田次郎氏の評と反しますが、作中で主人公セラフィマが終始問われることになるのが「なんのために戦うのか」であり、これはタイトルにある「敵」が誰であるのかにも通じる問いです。むしろ、物語は、主人公の「敵」が誰であるのかからスタートし、セラフィマにとっての最初の「敵」は、母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナであって、それらに復讐するためにそのイリーナの下で彼女は狙撃兵となります。それが、最後は、イリーナへ銃口を向けるのではなく、自分と同い年の幼馴染で、周囲からは将来結婚するものと思われていたミハイル(ミーシカ)に彼女は銃を向けることになる―。
 
 ここが、この作品の最大のポイントでしょう。国家間の戦争からジェンダーの問題に切り替わってしまったとの見方もあるかもしれませんが、この部分において『戦争は女の顔をしていない』のテーマを引き継ぐとともに、、ミハイルをそのような人間にしてしまった戦争というものへの批判が込められているように思いました。

 直木賞の選考で論点となったことの1つに、「どうして日本人の作家が、海外の話を書かなくてはいけないのか」というものがあり、林真理子氏などは、それが最後まで拭い去ることが出来なかったとしています。しかし一方で、三浦しをん氏は「彼女たちの姿を描くことを通し、現代の日本および世界に存在する社会の問題点をも「撃て」ると作者は確信したからだろう」という積極的に評価しており、この意見は選考委員の中では少数意見だったようですが、個人的には自分もそれに近い意見です。よって、評価は「◎」としました。

 ただし、選考委員の北方謙三氏は、「タイトルの『敵』が、終盤では観念性を持ちはじめて、私を失望させた」と述べており、そういう見方もあるかもしれないなあとは思いました(でも「◎」)。

 因みに、高校生が直木賞候補作から「大賞」を選ぶ「高校生直木賞」では、『黒牢城』などを抑えてこの作品が受賞しています。

   



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和田泰明

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