【2888】 ◎ 渡辺 佑基 『進化の法則は北極のサメが知っていた (2019/02 河出新書) ★★★★★

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体重と体温が、すべての生き物の代謝量、成長速度、そして時間濃度まで決める。

進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書).jpgニシオンデンザメと奇跡の機器回収.jpg
進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書)』 Webナショジオ「渡辺佑基/バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る」
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)』['14年]
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし.jpg 著者は生物学者で、バイオロギングという、野生動物の体に記録機器を貼り付けて、しばらく後に回収し(回収方法を著者自身が開発した)、動物がどこで何をしていたのかを知る方法を活用して動物の生態を研究しているのですが、そこから生物に普遍的な特性を見出すという、生態学と物理学の融合という新境地を、第68回毎日出版文化賞受賞(自然科学部門)を受賞した前著『ペンギンが教えてくれた 物理のはなし』('14年/河出ブックス)では描いています。本書もその流れなのですが、前著が個々の動物の生態調査のフィールドワーク中心で、バイオロギングの説明などにもかなりページを割いているのに対し、本書はより生態学と物理学の融合ということに直接的に踏み込んだものとなっています。と言っても小難しい話になるのではなく、全五章に自身のフィールドワークの話を面白おかしく織り交ぜながら、動物の体温というものを共通の切り口として話を進めていきます。

ニシオンデンザメ.jpgニシオンデンザメを小型ボートの横に固定.jpg 第1章では、北極の超低温の海に暮らすニシオンデンザメの自身の調査を紹介しつつ、動物における体温に意味を考察していきます。そもそも、このニシオンデンザメというのが、体長5メートルを超えるものでは推定寿命400歳くらいになり、成熟するだけで150年もかかるというトンデモナイ脊椎動物で、その事実だけでも引き込まれてしまいます(このニシオンデンザメについてのバイオロギング調査の様子は、ナショナル ジオグラフィックの日本版サイトにおける著者の連載でも写真で見ることができる)

 第2章では、南極に暮らすアデリーペンギンの自身の調査を紹介、哺乳類や鳥類がどのような体温維持をしているか、そのメカニズムを見ていき、この辺りから本格的な科学の話になっていきます。第3章では、オーストラリアのホオジロザメの自身の調査を紹介しながら、一部の魚類やウミガメが変温動物としての枠組みから外れ、高い体温を維持している、その特殊の能力の背景にあるメカニズムを見ていき、約6500万年前に絶滅した恐竜の体温はどうだったのかという論争に繋げています。

 そして、第4章では、イタチザメの代謝量を測定する自身のフィールドワークを紹介しながら、体温が生命活動に与える影響を包括する1つの理論を組み上げ、結論として、生命活動は化学反応の組み合わせであり、生物の生み出すエネルギー量は熱力学の法則で決定され、それは、サメも人間も、ゾウリムシさえ同じであるとしています。最後の第5章では。バイカル湖のバイカルアザラシの自身の調査を紹介し、全勝で見つけた理論を応用して、生物にとって時間とは何かを考えています。

 このように、目次だけみると、ニシオンデンザメ、アデリーペンギン、ホオジロザメ、イタチザメ、バイカルアザラシと海洋生物が続き、その中でも3つがサメであるため、この著者はサメの生態研究が得意分野なのかなくらいしか思わなかったのが、読んでみると各章が、生物全般に通じる理論への段階的布石とその検証になっていて思わぬ知的興奮が味わえたし、各章をオモシロ探検記的に読ませながら、そうした深淵な世界に読者を引きずり込んでいく語り口は巧いと思いました。

 第4章にある、「代謝量は体重とともに増えるが体重ほどには増えない」といういうのは、すべての動物の体重と代謝量には相関がある(ただし、グラフでは、4分の3乗の傾きで一直線に並ぶ(クライバー))ということです。そう考えると、第1章のニシオンデンザメが動きが極めてスローなのは巨大であるがゆえで、第2章のアデリーペンギンの動きが極めて速く、ハイペースで獲物を捕らえるのは体が小さいからということになります。でも、なぜ4分の3乗に比例して増えるのか。代謝量は体重ではなく、体表面積と比例するという説(ルブナー)もありますが、体表面積は体重の3分の2乗に比例するため、ここでも計算が合わず、結局、代謝量は体重と、あとは体表面積とは別の何かで決まることになると。そこで、体温を仮に補正し、例えば人間も他の動物も皆地球の平均温度である20℃が体温であったとすると、恒温動物や変温動物、単細胞生物も含むすべての生物の体重と代謝量が比例することになり(ブラウン)、つまり、生物の代謝量は体重と体温で決まるのであって、これは「人間もカンパチもゾウリムシも同じ」であるとのことでした。

ゾウの時間 ネズミの時間.jpg 代謝量は生物の成長速度、世代(交代)時間、寿命にも直接影響してくるわけで、第5章における「生物の時間」についての考察も興味深かったです。本書で"名著"とされている、本川達雄氏の『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』('92年/中公新書)にも、体の大きな動物ほど成長に時間がかかるとありました。本書でも、確かに例えば競走馬が3歳で成熟するように人間よりも大きな体を持ちながら早く成熟する動物も多くあるものの、ミジンコからシロスナガスクジラまでずらっと並べておおまかに言えば、生物の世代(交代)時間は体重の4分の1乗に比例して長くなるという式が導き出されるとしています。でもこれだけは、成長速度は、体重とも体表面積(体重の3分の2乗に比例)とも直接に比例しないわけで、そこに、先の代謝量は体重の4分の3乗に比例して増えるという公式を入れて初めて整合性がとれると。つまり、代謝量は体温に反映されるので、体の大きさが同じであれば代謝量が高い、つまる体温が高いほど、成長が早いということになるということです。

 これはおそらくそのまま「動物の時間」の速度に当て嵌まり、計算上、ネズミの感じている時間速度はニシオンデンザメより350倍も濃く、つまりネズミの1日はニシオンデンザメのほぼ1年に相当し、人間はその間にあってニシオンデンザメの47倍に相当、つまり、人間の1日はニシオンデンザメの1カ月半に相当するとのこと。私たちが大人になったときに感じる子どもの頃との時間濃度の差は、体重25キロの小学生と65キロの大人と比べると子どもの方が1.3倍濃いと(1日が大人の31時間あることになる)。また、大人になってからは、加齢とともに代謝が落ちていき、20代に比べ40代で10%、60代で15%基礎代謝が落ちるため、時間の重みがその分減っていくということのようです(だんだん"ニシオンデンザメ化"していくわけだ(笑))。

 最後に、各章を振り返りながら、これほど多様な生物が(例えば、世代時間8時間のゾウリムシから150年のニシオンデンザメまで)なぜ地球上に共存しているのかを考察していますが、第1章のニシオンデンザメは、巨大かつ低体温のニ省エネタイプで、その対極にあるのが、第2章のアデリーペンギンで、高体温で体の大きさの割に膨大なエネルギーを日々消費し、第3章のホオジロザメは、ニシオンデンザメとアデリーペンギンの中間にある体温の高い魚類(中温動物)となり...と、それぞれに適応への道、進化への道を歩んできた結果なのだなあと思いました。

 本書のコンセプトは「私が読者だったら読みたい本」とのことで、実際サービス過剰なくらい面白く書かれていて、それでいて巨視的な視点から生物を巡る法則を説き明かしてくれる本でした。『ゾウの時間 ネズミの時間』が、エネルギー消費量は体重の4分の1乗に反比例するというところで終わって、あとは大小の違いによる心臓の拍動数の話となり(この話は「ヒト」は例外となっている)、「大きいということは、それだけ環境に左右されにくく、自立性を保っていられるという利点がある。この安定性があだとなり、新しいものを生み出しにくい」といった動物進化に対するもやっとした仮説で終わっているのと比べると、考え方ではそれを超えている本ではないかと思います。

《読書MEMO》
●マグロ類やホオジロザメなどの中温性魚類は、同じ大きさの変温性魚類に比べて2.4倍も遊泳スピードが速い(195p)。中温性魚類は同じ大きさの変温性魚類に比べ、回遊距離が2.5倍も長い(197p)。
●体重60キロの人間と、同じく体重60キロのカンパチを比べると、人間の方が10倍ほど代謝量は高いが、それは単に体温が違うからだ。60キロのカンパチと、1マイクログラムのゾウリムシを比べると、カンパチの方が1億倍ほど代謝量が高いが、そえは単に体の大きさが違うからだ(250p)。

       



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