【2081】 ○ 桜木 紫乃 『ホテルローヤル (2013/01 集英社) ★★★★

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時を遡る構成も巧みだが、男女の様々な位相をリアルに描いていて上手い。

ホテルローヤル 桜木 紫乃 0.jpg ホテルローヤル 桜木 紫乃  直木賞帯.jpg 桜木 紫乃.jpg  20201109 『ホテルローヤル』.jpg(2020年映画タイアップカバー)ホテルローヤル』['13年/集英社]  桜木 紫乃 氏  ホテルローヤル (集英社文庫)』['15年]

 2013(平成25)年上半期・第149回「直木賞」受賞作。

 恋人から投稿ヌード写真撮影に誘われた美幸は、廃墟となったラブホテルを訪れるが―(「シャッター」)。人格者だが不能の貧乏寺住職の妻は、檀家からお布施を得るためにある行動をとっていて―(「本日開店」)。舅との同居で、夫と肌を合わせる時間がない専業主婦。新盆の日、突如浮いたお金でホテルに行くことを思い立ち―(「バブルバス」)。妻の浮気に耐える単身赴任中の高校教師が妻に黙って突然の帰省を思い立つが、道中、親に家出されたという女子生徒が付いてきて―(「せんせぇ」)他3編収録。

 釧路湿原を見下ろす高台に建つラブホテル「ホテルローヤル」に各編の主人公たちが皆関わっています(正確に言えば「せんせぇ」だけが、物語の現時点では関わりは無く、但し、数日後には関わりを持つであろうことを示唆して終わっている)。今は廃墟となったラブホテルでの投稿写真撮影から話が始まって、これまで生業としていた看板屋をやめてこれからラブホテルを建てて一山当てようようとする中年男の話で終わるという、40年間の時を遡っていく構成が巧みです。

 発表順は冒頭の話と最後の話が最初に発表され、その後間の時期の話で繋いでいったようですが(「本日開店」は単行本刊行のための書き下ろし)、最初からそうした構想はあったのだろうと思います。但し、構成の巧みさだけでなく、一つ一つの話が、男女の様々な位相を立場の異なるそれぞれの主人公の眼からリアルに描いていて、文章も落ち着いて読み易かったです。強いて言えば、全体に醒めたトーンと言えるかと思いますが、そのことは、15歳の時に父親が釧路町にラブホテルを開業し、部屋の掃除などで家業を手伝っていたという作者の経験が、こうした性愛への冷めた視点を形成したと―これはもうこの連作の定番的な解釈になっているみたいです。

 作者自身、直木賞受賞後の亀和田武氏との対談で(「週刊文春」2014年1月新年特大号)で、「私は男の人や性愛に、夢も希望もなかったんです。(中略)実家のラブホテルの部屋を掃除して、男女の事後のにおいを嗅いでしまったんで。順序が逆で、ミステリーを結末から読む感じ、最後から想像していく癖がついた」と語っており、同じような体験をすることは出来ないけれど、作者本人の口から語られると、尚一層のこと、ナルホドなあと思わされました。

ホテルローヤル 桜木 紫乃 サイン会.jpg 本書を読む前は、直木賞を受賞した作者が地元・釧路でサイン会やトークセッションを行っているのをニュース報道などで見て、何となく違和感がありましたが、読んでみると釧路町の各場所の地名が実名で出ているようだし(「ホテルローヤル」自体も作者の父親が開業したホテルの名前をそのまま使っていて、但し、作者の実家は看板屋ではなく理容室であったとのこと)、モチーフがラブホテルであっても、地元の人は何か郷土愛的な親しみやすさを感じるのかもしれません。更には、失われた建物や空間に対するノスタルジーなどもあるのではないでしょうか(実際には、この連作が纏まった頃に作者の父が当ホテルを廃業したそうで、実際のホテルローヤルが無くなって小説の「ホテルローヤル」の方が残る形となった)。

"直木賞受賞の桜木紫乃さん、故郷・釧路でサイン会"(「朝日新聞デジタル」2013年8月17日)

 ラブホテルそのものが実在している時はいかがわしいとの眼で見られたり邪魔だと思われたりしていても(ラブホテルを町のシンボルとして誇る住民はいないと思う)、無くなってみると何となく懐かしく感じられたりすることはあるのではないかと。舞台は「釧路市」ではなく、更に過疎化が進んでいると思われる「釧路町」であり、町が賑わっていればそのホテルはまだ在ったかもしれず、「地方の過疎化」というのもこの連作の背景モチーフとしてあるように思いました。
 そうした眼で見ると、作者のサイン会などにも"町興し"的なものを感じてしまうなあ(実際にサイン会やトークセッションが行われたのは「釧路町」ではなく「釧路市」なのだが。作者は、この作品での直木賞受賞後、釧路市観光大使に任命されている)。

 また、この連作のベースには、作者の父の夢の実現からその終わりまでという流れもあるように思われます。モチーフがあまりに自身の経験に近すぎるというのもあるかもしれませんが、作者自身の境遇に近い主人公を描く際も、一定の距離を置くよう細心の注意が払われていうように思われ、それだけ、この作品に対する作者の注力の度合いを感じました。作家としての実力はこの10年余りで既に実証済みで、直木賞選考委員の間では、この作品に賞をあげなければどの作品であげるのかというのもあったのではないでしょうか。他の候補作は読んでいませんが、順当な受賞だと思います。

ホテルローヤル eiga.jpgホテルローヤル gaz0.jpg映画「ホテルローヤル」('00年)
監督:武正晴
出演:波瑠/松山ケンイチ

【2015年文庫化[集英社文庫]】 

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