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「感情を揺さぶる証拠」が「衆愚」を招く危険性を、実証的に指摘。strong>
『量刑相場 法の番人たちの暗黙ルール (幻冬舎新書)』['11年]
個々の事件の刑は、刑法の定める範囲内で裁判官が様々な状況を考慮して決定するものであり、それを量刑というとのことですが、この量刑にも、基準と結果の関係を中心とした相場があるとのことで、元裁判官によって書かれた本書は、それを実際の判例に沿って分かり易く解き明かしたものです。
例えば、道路で唾を吐いたとか、山で焚火をしたとか、往来でキャッチボールをしたとか、日常生活でありそうなことが、どういった刑罰に該当するかといった話から始まって、太った女性に「デブ」と言って侮辱罪で拘留された例や、ゴルフ場からロストボールを"大量"に持ち帰って窃盗罪で懲役10カ月の刑に処せられた例などが紹介されています。
更に、重大事件では量刑相場はどのようになっているかを、殺人事件、傷害致死事件、現住建造物放火事件、強盗致傷・強盗致死事件、婦女暴行致傷・婦女暴行致死事件...といった犯罪の種別ごとにみていますが、同じ種別の事件でも、その内容の違いによって、それぞれに量刑相場があることが分かります。
例えば、現住建造物放火事件であれば、衝動的な放火で焼死者なしの場合は懲役4年、衝動的な放火で1人焼死の場合は懲役10年、連続放火で焼死者なしの場合は懲役8~13年、連続放火で1人焼死の場合は懲役18~20年、連続放火で2人以上焼死の場合は無期懲役―といった具合に。
こうなると裁判官は自身の考えに拠るというより、こうした基準をもとに刑の重さを決めていくことになるんじゃないかなあ。まあ「衝動的か計画的か」などの判断において何を証拠として重視するかといったところで、裁量の幅はそれなりにあると言えばあるし、執行猶予を付けるか付けないかなど、更に調整を効かせる部分もあることにはなりますが。
平成10年以降から最近にかけての刑事事件の判例が殆どで、いろいろな凶悪事件が起きているものだとも改めて思いましたが、新聞記事で事件のことを覚えていても、判決がどうなったかということまでは、話題になった凶悪犯罪の判決を除いてはそう見るものではないから、たいへん興味深く読めました。
但し、ちょっと以前であれば雑学ネタであるかのようなこうした内容も、裁判員制度が施行されている今日においては、我々一般人も大体の"相場感"を掴んでおいた方がいいのかも(勿論、万が一裁判員に選ばれた暁には、そのあたりは説明があるのだろうけれど)。
あとがきで、「裁判員制度のもとで、これからは市民感覚を生かした新しい量刑判断が求められているわけですから、これまでの数字をそのまま基準にすることは意味がありません」とし、本書で示したかったのは量刑の全体像であって、これまでの数字をそのまま準用することは意味が無いと念押していますが、本職の裁判官だって、こうした相場に準拠して判決を下してきたのではないかなあ。
読んでいて、こうした相場自体には概ね合理性があるように思われ、著者もその前提で解説をしているようであるし、むしろ、裁判員の方で、本書に解説されているような考慮すべき要素が、実際の裁判の場面で充分網羅されるか、均衡性が担保されるかということの方が個人的には気になりました。
著者は、一点だけ、死刑か無期懲役かについては量刑相場で決める事柄ではなく、死刑の宣告はそれ以外の量刑と全く別次元の問題であるとしています(死刑は一瞬で命を奪うものであるから、自由を奪う期間の長さで刑を決める自由刑とは別物。無期懲役の一つ上に死刑があるわけではない―と)。
この死刑に処するかどうかの判断問題については、著者の近著『死刑と正義』('12年/講談社現代新書)で、かなり深く突っ込んで扱っていますので、関心がある人にはお薦め
です。