【1811】 ◎ 中嶋 聡 『「新型うつ病」のデタラメ (2012/06 新潮新書) ★★★★☆

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しっかりした概念整理、社会的弊害、社会病理学的観点など、バランスの取れた内容。

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「新型うつ病」のデタラメ (新潮新書)』['12年]/吉野 聡『それってホントに「うつ」?──間違いだらけの企業の「職場うつ」対策 (講談社+α新書)』['09年]/林 公一『それは、うつ病ではありません! (宝島社新書)』['09年]

 挑発的なタイトルであり、実際に内容的にも、精神科医である著者の「新型うつ病」の診断のいい加減さに対する憤りが感じられますが、ベースは非常に秩序立った解説と、著者の経験的症例に基づくかっちりしたものでした。

 冒頭に「新型うつ病」の症例と「従来型うつ病」の症例を掲げ、さらに「軽症」の「従来型うつ病」の症例を挙げて、「新型うつ病」と「軽症」のものも含めた「従来型うつ病」の違いをくっきり浮かび上がらせています。

 更に、「うつ」と「うつ病」の違いを、うつ病概念の歴史を辿りながら解説しており、うつ病概念がDSMなどの操作的診断基準と、所謂「新型うつ病」に属する新たな病型の提唱により拡大したとする一方、DSMにおいて、失恋やリストラなどによって起こる気分の落ち込みや不眠、空虚感が「症状」とされ、安易にうつ病と診断されること(うつ病概念の拡大)への異論も紹介しています。

 こうして多くの学説・主張等を紹介したうえで、「新型うつ病」とは、ずばり、「逃避的な傾向によって特徴づけられる抑うつ体験反応」であるとし、「逃避型抑うつ」(広瀬徹也)、「現代型うつ病」(松浪克文)、「ディスチミア親和型うつ病」(樽味伸)の殆どがこれに当たるとしています。

 その上で、抑うつ状態の全貌を表に纏めていますが、それを見ると、まず全体を病的なもの(「抑うつ症診断群」)と病気とは言えないもの(「単なる気分の落ち込み」)に分け、前者の抑うつ症診断群の中に、「総うつ病」「うつ病」「抑うつ体験反応」などがあり、「抑うつ体験反応」の中に、従来から「抑うつ神経症」「反応性うつ病」と呼ばれていたものと、「逃避型抑うつ」「現代型うつ病」「ディスチミア親和型うつ病」などと呼ばれる最近増加した逃避を特徴とする「新型うつ病」がある―という構図を示しています。

 「新型うつ病」が生まれた要因は、「精神病理学の衰退」と「精神力の低下」がその出現環境を外側と内側から準備し、「SSRI(抗うつ薬)の出現」がその引き金となったという著者の見方には説得力があり、とりわけ、DSMの普及と反比例するように精神病理学という学問自体が衰退し、これを専門に勉強する若い精神科医があまり出なくなった、というのには考えされられました(外見判断基準であるDSMの普及により、精神科医が「直観」を磨く訓練をしなくなった)。

 全3章構成のここまでが第1章で、第2章では、「新型うつ病」がもたらした社会的弊害について臨床経験を踏まえつつ考察していますが、休職するためだけに診断書を求める人達とそれに応える医師がいることや、そのことによって給料の6割に該当する傷病手当金が比較的簡単にもらえるため、病気を隠れ蓑にしたある種の利権のようになってしまっていること、障害年金についても「うつ病で障害年金 完全マニュアル」のようなものが出回っていて同じような状況になっていること、更には、労働紛争の場においても、専門医のバラバラな診断結果と裁判官の恣意的な解釈によって、専門家から見れば非常に疑問の余地があるケースにおいて原告に多額の「賠償金」が支払われていたりすることなどを、事例を挙げて紹介しています。

 最終第3章「精神科診療から見た現代社会」においては、「何でも人のせい」「何でも病気」「『知らない私』のせい(プチ解離)」といった最近の社会風潮に呼応するようなケースが紹介されています。

 症例がそれほど多く紹介されているわけではありませんが、1つ1つの事例紹介が解説としっくり符合していて、無駄が無いという印象です。

 DSMの基準に批判的で「現代型うつ病」乃至「ディスチミア親和型うつ病」を「うつ病」とは見做さない派―の精神科医が書いた本という意味では、その部分だけ見れば、ほぼDSMに沿って書かれている吉野聡 著 『それってホントに「うつ」?』('09年/講談社+α新書)よりも、林公一 著『それは、うつ病ではありません!』('09年/宝島社新書)に近いと思われますが、こちらの方が、概念整理がしっかりしており、事例も適切であったように思います。

 前二著を比較すると、個人的には『それってホントに「うつ」?』の方を圧倒的に支持するのですが、それは、企業側からすれば「現代型うつ病」も「従来型うつ病」と同じような"対応課題" になっているという観点から書かれているためであり、その背景には、本書にあるように、「逃避的な傾向によって特徴づけられる抑うつ体験反応」(乃至は、そのレベルにまでも至らない「単なる気分の落ち込み」)に対して「うつ病」という診断を下す(或いは、乞われて診断書に書く)精神科医がいるということがあるのでしょう。

 この本はこの本で、うつ病の基本概念と近年の傾向をよく整理し、「新型うつ病」の社会的弊害を現場感覚で捉えつつ、社会病理学的な観点も視野に入れた、バランスの取れた良書だと思います。

 Amazon.comのレビューの中に、うつ病に関する記述はこの種の一般書としては出色の出来であり、症例も臨床観に優れているが、タイトルが問題であり、内容と合っていないばかりか、「新型うつ」はでっち上げとの誤解を招き、ある種の人たちが主張する「新型うつは甘えなので、診断治療の必要はないし、疫病利得を得るなどもってのほか」という説とこの本の趣旨は大きく隔たっているにも関わらず同じと見られる恐れがある―といったものがありましたが(そのことを理由に星2つの評価になっている)、それは言えているなあと(吉野聡氏の『それってホントに「うつ」?』についても同じことが言え、こういうの編集部でタイトルを決めているのかな。共に良書であるだけに惜しい)。

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This page contains a single entry by wada published on 2012年11月 3日 04:10.

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