【1735】 ○ 竹内 明 『時効捜査―警察庁長官狙撃事件の深層』 (2010/04 講談社) ★★★★

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これも力作だが、「犯人の見立て」を独自には行ってはいないため、"隔靴掻痒"感が。

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竹内 明『時効捜査 警察庁長官狙撃事件の深層』['10年4月]    鹿島圭介『警察庁長官を撃った男』['10年3月]

長官狙撃事件 共同.jpg 鹿島圭介 著 『警察庁長官を撃った男』('10年/新潮社)と同じく、'95年3月発生の警察庁長官狙撃事件の時効に合わせて刊行された本で、著者はTBS報道局社会部として、夕方のニュース番組の編集者やキャスターを務めた経験もある人です。

 取材をTBS報道部がバックアップしているとは思われますが、400ページ超の大作であり、同時にこれもまた力作であって、事件捜査の背後にあった警察内の刑事部と公安部の確執についてはこれまで読んだ類書の流れと同じでしたが、事件そのものの経緯などは『警察庁長官を撃った男』よりもずっと詳しく書かれています。
警察庁長官狙撃事件 1995年3月30日[共同通信社]

 ある時期からオウム信者の小杉(本書では「小島」という仮名になっている)元巡査長が事件の実行犯であると疑われ、その後、小杉元巡査長自身が曖昧な供述の繰り返しのため、焦った当局は、実行犯から支援者に切り替えて'04年に彼を起訴するものの、検察の門前払いを喰って不起訴となりました(警察が証拠とした現場に遺棄された10ウォン硬貨に付着していたDNAというのが、確度の低いミトコンドリアDNAだったいうのは、本書で初めて知った)。

警察庁長官狙撃事件 時効.jpg 本書では、そうした事件捜査の迷走ぶりをドキュメンタリー風に描くとともに、'10年3月に時効を迎えた後、警視庁が時効の翌日に「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」なるものを警視庁のウエブサイトに掲載し、この事件がオウムに対する組織的なテロであると結論付けていることに対し、あとがきで更に批判を加えています。

 勿論、このことは世間でも批判の対象となり、日弁連が削除を要請、アレフによる民事訴訟の対象ともなっていますが、本書あとがきにある公安幹部の「民事訴訟を起こされても構わない。そうなれば我々としては民事の法廷で真実を明らかにできるじゃないか」という言葉からすると、ある意味、「時効後の捜査」を続ける手立てとして確信犯的にやったのかも。

 本書では、オウムを中心に幅広く長官狙撃犯の可能性を探り、それぞれの裏が取れるところまで取り、犯行の可能性が残る部分はそのまま可能性として提示しているという感じで、非常に客観的に書かれているように思いました。

 『警察庁長官を撃った男』では、事件が老スナイパー・中村泰(ひろし)の犯行であることを印象付けるものとなっていましたが、本書では「中村犯行説」を取り上げてはいるものの、目撃情報との身体的特徴の落差や、4発目の銃弾の行方に対する証言の不確かさから(中村は長官の異変に気付いて飛び出して来た警官の背後の空中へ向けての威嚇射撃だったとしたが、警官はその時まだ現場には来ておらず、弾は空中ではなく植え込みに撃ち込まれていた)警視庁サイドが「中村犯行説」は無いとしたことで、それほど重きを置いて扱ってはおらず、但し、中村の供述が捜査本部内の刑事と公安の溝を更に深めることになったとはしています。

国松長官狙撃事件 犯人逃走経路.jpg 個人的に気になったのは、犯人が逃亡する際に、一般には「自転車で猛スピードで逃げ去った」とされていますが、実はアクロシティ敷地内で途中で一旦自転車を止めて、どちらへ逃げるか逡巡するような行動をとっていることで(このことは複数の目撃者がいたにもか関わらず事件発生のかなり後になって公表された)、これは逃走進路上に一般人がいて、進路の先にいた見張り役の誰かの合図によって一時停止したものと思われますが(横殴りの雨降りだったのに傘もささずに立っていたこの"誰か"が、オウムの幹部に似ていたという話もある)、そうしたことが本書の「小杉供述」にも「中村供述」にも無いことでした。

 オウム関連ではその他に、既に松本サリン事件の実行犯として死刑が確定している端本悟や、本書刊行当時逃亡中だった平田信にも、警視庁内では、長官狙撃の実行犯である疑いが持たれていたことが窺えます。

平田信.jpg 平田信は、昨年('11年)12月31日に丸の内警察署に出頭し、翌1月1日付で逮捕されましたが、本書によれば、公安が'96年に、平田信の所在に繋がる女性信者(齋藤明美)を50人がかりの追尾要員であと一歩のところまで追い詰めながら(隠れ家の仙台のアパートまで辿りついた)、タッチの差で二人を取り逃がしていたとあり、この辺りは、刑事ドラマを見ているみたいだなあ(結局、齋藤明美は平田の逮捕後の今年('12)1月10日に、弁護士に付き添われ大崎署に自首した)。
平田 信・齋藤明美(ANN)

 長官狙撃事件の鍵を握るとも言われる平田信が捕まったのが時効の後では...。一橋文哉 著 『オウム帝国の正体』('02年/新潮文庫)によれば、オウム教団がロシアで行った射撃ツアーでも平田信の成績は良くなく、人を撃てるようなレベルではなかったということですが、一応、国体のライフル射撃の選手だったんでしょう?

 射撃訓練ツアーに参加した信者の証言では、「ちゃんと当たったのはただ二人。一人は自衛隊出身の山形明さんで、もう一人が平田信さんでした」(有田芳生氏の「酔醒漫録」より)とあり、一方、同じツアーに参加していた端本悟の名前はありません。

 公安部の改変後の"シナリオ"によると、小杉元巡査部長が現場でコートを渡した相手が端本悟で、彼が実行犯ということになり、本書によれば、捜査当局は、射撃訓練ツアーの参加者の内、教団幹部の元自衛官(山形明と思われる)から「端本の腕前の印象はないが、それなりに命中していたと思う」という供述を引き出し(無理矢理?)、端本悟は「射撃の腕前あり」と半ば強引に判断したようです。

 但し、これは改変した"シナリオ"を補強するためのものに過ぎず、公安が端本を訴追するには至っていないため、本書もここまで止まり。捜査の展開を具に拾ってはいるものの、「犯人の見立て」というものを著者が独自に行っているわけではなく、事件の"迷宮入り"をそのままなぞっている気もして、この辺りの"隔靴掻痒"感が、本書の弱みと言えば弱みでしょうか。

 本書の後に出た小野義雄 著『公安を敗北させた男 国松長官狙撃事件』('11年/産経新聞出版)は「端本実行犯説」みたいだけど...。

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