【1726】 ◎ 池谷 孝司 『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』 (2009/10 共同通信社) ★★★★☆

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特殊な障害を持つ人に対する社会的フォローや更正の在り方について考えさえられた。

死刑でいいです .jpg死刑でいいです.jpg  山地悠紀夫.jpg 山地悠紀夫 元死刑囚
死刑でいいです- 孤立が生んだ二つの殺人』['09年]

 '00年に16歳で自分の母親を殺害し、少年院を出た後、'05年に面識のない27歳と19歳の姉妹を刺殺、取り調べや公判で「死刑でいい」と語って、'09年7月に25歳で死刑が執行された山地悠紀夫の、2つの殺人事件とその人生を追ったルポルタージュで、編著者は共同通信大阪社会部の記者。べースになっているのは、ブロック紙・地方紙に連載された特集記事で、'09年1月に「新聞労連ジャーナリズム大賞」の第3回「疋田桂一郎賞」を受賞していますが、単行本に編纂中に、山地の死刑が執行されたことになります。

 山地は少年院で広汎性発達障害のひとつである「アスペルガー症候群」と診断されていて、著者は、発達障害と犯罪とが直接結びつく訳ではないとしつつも、障害が孤立につながるリスク要因の1つであると考えおり、山地の場合、障害に加えて、悲惨な家庭環境や少年院を出てからの社会的支援の無さなどが重なり、そうした状況が彼を追い詰めたのではないかとしているようです。

 実際の公判では、広汎性発達障害ではなく「人格障害」であるとの精神鑑定が採用され、死刑判決が下ったわけですが、連載時のタイトルが「『反省』がわからない」というものであることからしても、他人に共感するといったことが困難なアスペルガー症候群の特徴が、山地に強く備わっていたことを窺わせるものとなっています。

 こうした見方は、単に著者の独断によるものではなく、事件に関わった或いは同じような事件を扱ったことがある鑑定医や弁護士など専門家を取材しており、また、山地の人生がどのようなものであったかについては、担任教諭、友人、弁護士、少年院の仲間、更には、少年院を出た後にその世界に入ったゴト師にまで及んでいて、一方で、被害者の遺族・関係者にも取材していて、山地の罪や被害者の感情を決してを軽んじるものとはなっていません。

 その上で本書を読んで思うのは、やはり山地の心の闇が解明されないままに彼の刑が執行されたように思われ、その事が残念な気がしました(山地自身にしてみれば、「刑死」という形の「自殺」だったのかも知れないが)。
 元家裁調査官の藤川洋子氏が、発達障害の傾向を踏まえたうえで、「反省なき更正」型矯正教育を提唱しているのが強く印象に残りました。

 藤川氏のみならず、カウンセラーや精神科医、弁護士など専門家に対する、新聞連載を読んだうえでの感想を聞いたインタビューは、かなり突っ込んだものになっていて、そこからは、死刑制度の在り方と併せて本書が提起しているもう1つの課題である、少年院から社会に出た後の社会福祉的フォローの問題が浮き彫りにされています。

 本書では、発達障害に対する偏見を除くために、そうした障害を持つ人達の支援グループの活動が紹介されていますが、山地のことを、理解しがたい特殊な犯罪者として社会的排除の対象とした事件当時のマスコミや世論の論調にも問題はあったのでしょう。
 しかし、2つの殺人事件を犯す前に、山地自身がそれぞれ発していたSOSを、十分に理解し受け止めることができなかった社会の在り方の方が、問題の根深さという意味では最も深刻なのかも知れないと思いました。

 【2013年文庫化[新潮文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2012年4月 8日 12:02.

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