【1647】 ○ 丸尾 拓養 『人事担当者が使う図解 労働判例選集 (労政時報別冊)』 (2008/09 労務行政) ★★★★ (○ 労務行政研究所 『年間労働判例命令要旨集 平成23年版 (労政時報選書)』 (2011/09 労務行政) ★★★★)

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著者独自の見解もあるが、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本。改訂しないのか。

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人事担当者が使う図解 労働判例選集 (労政時報別冊)』(2008/09 労務行政) 『年間労働判例命令要旨集 平成23年版 (労政時報選書)』(2011/09 労務行政)

 『人事担当者が使う図解 労働判例選集』は判例解説集ですが、3部構成の第Ⅰ部で「判例法理上重要なリーディングケース」として三菱樹脂事件(試用期間と本採用拒否)など27件、第Ⅱ部で「個別判断で重要な事案」として八洲測量事件(求人票に記載した見込み賃金の意義)など10件、第Ⅲ部で「最近の注目判例」として豊田労基署調(トヨタ自動車)事件など7件、計44の判例をとり上げています。

 各判例解説の冒頭に、「判旨の要点」と「実務上のポイント」を図解で表示してあり、続いて、「事件の概要」と「結論」を分かり易く、噛み砕いて表現してあって、更に、「判旨の要点」を文章で述べるとともに、主に法的知識の観点から判旨を「解説」したうえで、最後に、人事トラブルを防ぐための「実務上の留意点」が書かれています。

 このように、図説部分と文章による解説部分が対応関係になっているため、たいへん分かり易く、また、解説部分はかなり突っ込んだものとなっていて、判旨に対する著者の見解なども随所に織り込まれているのが興味深いです。

 本書は人事専門誌「労政時報」の別冊として刊行されたものですが。実は、著者が講師を務める判例解説のセミナーに参加したら、本書が付いてきました(書籍代はセミナー料金に含まれているということだろうが)。

 セミナーで話を聴くと、喋りは流暢で、内容的にもかなり面白く、また、本書の読み処を掘り下げて解説してくれるので、かなり参考になりました(但し、1回の終日セミナーで本書の3分の1ぐらいしか終わらないため、本書の判例を網羅するには、少なくとも3回以上、話を聞かなければならないということになるのか)。

 著者の見解の特徴の1つとして挙げられるのは、本書の東洋酸素事件(整理解雇の有効性の判断)の解説文中(71p)にある、「労働条件変更の利益(使用者)と雇用・賃金保障(労働者)のバランス」は、「長期雇用システム」の上に成り立ってきたものであるという捉え方でしょう。

 日本の場合、解雇権濫用法理によって、米国などに比べて厳しい解雇規制があるわけですが、こうした強い雇用保障や、或いは賃金保障などは、使用者側の有する労働条件変更(就業規則の不利益変更、配転・異動などの人事件、時間外・休日労働命令など)の利益とトレード・オフの関係にあるという見方です。

 ですから、長期雇用制度が不安定になってくると、この枠組み自体が崩れてくる可能性があり、既にその兆しがある現状において過去の判例を読み解く際に、その判決が下された時代の周辺環境が現在とは異なっていたことを考慮に入れるべきだと。

 なるほど。確かに、三菱樹脂の本採用拒否事件でも、東大生に内定を出した後で、学園紛争の活動家であったことを隠匿していたことを理由に本採用を拒否したのは、当時の学歴偏重、終身雇用制度においては、そうした採用によって(たとえ企業の意に沿わない採用であっても)生涯賃金数億円を払わなければならなくなり、それではあまりに理不尽だという背景があったわけで、今では、東大卒だからといって出世するかどうかは分からないし、定年前にリストラの対象になる可能性だっていくらでもあるわけだからなあ。

 「最近の注目判例」の最後が、「松下プラズマディスプレイ事件」(偽装請負と黙示の労働契約)で、当該労働者と派遣先との間に黙示の労働契約があったとした大阪高裁判決に疑問を呈していますが、これは最高裁で否認されており(労務行政研究所『年間労働判例命令要旨集 平成22年版』参照)、本書自体がやや古くなってしまったのが玉に疵。改訂しないのかなあ(「別冊」に改訂は無いのか。労務行政としては『年間労働判例要旨集』を刊行しているということもあるし)。

 個人的には著者の見解には賛同しかねる部分もありますが(例えば、これは、他の一部の弁護士にも見られることだが、職能資格制度における降格不可能性をパターナルに説いている点など)、本書自体は、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本だと思います。

年間労働判例.JPG 一方、『年間労働判例命令要旨集』も、「松下プラズマディスプレイ事件」のようなことがあるから、一応、毎年目を通しておいた方がいいことはいいのでしょう(「産労総研」が『重要労働判例総覧―労働判例・命令項目別要旨集』の刊行を'07年を最後にやめてしまっているので、同じタイプのものは「労務行政」版しかない)。

 労務行政の『年間労働判例命令要旨集』は、平成23年版(内容は平成22年の裁判例)が既に刊行されていますが今年度から「労時報別冊」ではなく「労政時報選書」となったけれども、価格は変わらず5,600円。

 その中での個人的注目は「ドコモ・サービス(雇止め)事件」(東京地裁・平成22.3.30判決)。契約社員の契約の更新に対して合理的な期待が認められるかどうか、新たに会社側が提示した条件(それをのまなければ雇止め)に変更の合理性があるかどうかが争われた裁判で、裁判所が労働条件の変更に合理性が無いと判断した事例ですが、その理由が就業規則の改定が行われていないことに依拠していて、裁判所ってこういう見方(手続き重視)をするのかという感じ(企業側には著名な弁護士がついていますが、今回は苦戦した模様)。

 それにしても、「うつ病」をはじめとする「心の病い」を巡る裁判例が増えているなあ。

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This page contains a single entry by wada published on 2011年12月 5日 00:03.

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